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おおよそ、その番に対する愛情を感じられない口調で正嘉は言う。
その違和感に、吉川は眉をひそめた。
吉川には、番にしたいような恋人はまだいないが、それでも、少なくとも一生を共にするような相手には、もっと暖かい表現を使うであろう。
しかしそれを、このアルファは自身の番であるにも関わらず『下らない平凡なオメガの男』の一言で片付けた。
しかも、しかもだ。
――――結城奏……その名は、吉川の上司である馬淵栄太の番と同じ名前ではないか!?
混乱する頭を振りながら、吉川は口を開く。
「一つ――――確認させてください。青柳さまの番の名前は結城奏というのですか? 」
「ああ。今言ったばかりだろう」
「オメガで、男性……あの、弊社の馬淵にも同じ名前の番が――――」
「それは知っている。だからこうして、わざわざ会ってやろうと思ったのだと、さっきから言っているだろう? まったく、頭の悪いベータだな」
それは差別用語として忌諱されているのだが、正嘉は全く意に介さずに続ける。
「結城から払い下げられた奏を、今まで金銭面で援助していた事は調べさせてもらった。保護者のいないオメガが今まで無事だったのは、ある意味馬淵が献身的に護っていたお陰だろう。しかし、ベータの分際で一丁前に『番』の真似事をしたのは、やり過ぎだな」
「なっ! 」
「番の契約は、本来アルファとオメガの間で成り立つ契約だ。ベータはベータらしく、身の程を知れ」
あまりな言い様に、吉川は激昂した。
「身の程を知れだって! 何様だよ、あんた!! 」
「ちょ、ちょっと吉川さん! 」
慌てて止めに入ったのは、一緒に来た八木沢だ。彼は法律に精通している、穏健派のアルファである。
「ここで揉めるワケにはいかないでしょ? 堪えてください」
「しかし――」
「あなたの言いたい事は分かります。私も彼と同じアルファですが、彼の思考は異質なほど極端だ」
八木沢はそう小声で言うと、ゴホンと咳払いをして正嘉ヘ向き直った。
「申し訳ありません。あまりに情報が少なかったので、随分と不躾な振る舞いをしてしまいました。あの、それでは結城奏さんは、現在馬淵ではなく青柳さまの番になられたのですか? 」
「そうだ」
「それはつまり――――彼に『番の上書き』をなさったと? 」
「そういう事だ。だからオレなりに謝意と敬意を払い、特別に馬淵と面会する事を許したんだ。オレの持つ土地の交渉がしたいのだろう? 」
「え、ええ」
「では本人を連れて来い。直々に伝えねば、こういう『真心』は伝わらないだろうからな」
言っている事とやっている事がこれだけバラバラなのも珍しいだろう。
だがとにかく、土地に関しての交渉は、馬淵本人が乗り出したらスムーズに進みそうなのは分かった。
真心だの謝意だの敬意だのと言っているのだから、馬淵が頭を下げたら、四の五の言わずに契約書にサインする公算は高い。
しかしそれは、番を横取りした事への謝罪を受け取った事になる。
会社としては、何としても土地を取得したい。
目論んでいた場所の開発事業が頓挫しては、倒産の憂き目にあうのは必定なのだから。
この件に関し、吉川と八木沢の意見は同じだ。
馬淵栄太に番を諦めてもらうしか、会社の生き残る道はない。
吉川と八木沢は互いに目配せをすると、その意思を確かめ合った。
――――元々、『番の上書き』をされてしまったら、そのオメガの身柄はアルファへと譲渡される事は法律にも記されている。
往生際悪く、他の男のモノになったオメガの事で揉めるのは得策ではないだろう。
会社にとっても、馬淵栄太にとってもだ。
「…………分かりました。一度戻って――――青柳さまは、これからの御予定は大丈夫でしょうか? 」
「……ああ」
(昨夜会合が終わった後、あいつを迎えに行ったらマンションは蛻の殻だった――――)
多分、九条が手引きをしているのだろう。
その違和感に、吉川は眉をひそめた。
吉川には、番にしたいような恋人はまだいないが、それでも、少なくとも一生を共にするような相手には、もっと暖かい表現を使うであろう。
しかしそれを、このアルファは自身の番であるにも関わらず『下らない平凡なオメガの男』の一言で片付けた。
しかも、しかもだ。
――――結城奏……その名は、吉川の上司である馬淵栄太の番と同じ名前ではないか!?
混乱する頭を振りながら、吉川は口を開く。
「一つ――――確認させてください。青柳さまの番の名前は結城奏というのですか? 」
「ああ。今言ったばかりだろう」
「オメガで、男性……あの、弊社の馬淵にも同じ名前の番が――――」
「それは知っている。だからこうして、わざわざ会ってやろうと思ったのだと、さっきから言っているだろう? まったく、頭の悪いベータだな」
それは差別用語として忌諱されているのだが、正嘉は全く意に介さずに続ける。
「結城から払い下げられた奏を、今まで金銭面で援助していた事は調べさせてもらった。保護者のいないオメガが今まで無事だったのは、ある意味馬淵が献身的に護っていたお陰だろう。しかし、ベータの分際で一丁前に『番』の真似事をしたのは、やり過ぎだな」
「なっ! 」
「番の契約は、本来アルファとオメガの間で成り立つ契約だ。ベータはベータらしく、身の程を知れ」
あまりな言い様に、吉川は激昂した。
「身の程を知れだって! 何様だよ、あんた!! 」
「ちょ、ちょっと吉川さん! 」
慌てて止めに入ったのは、一緒に来た八木沢だ。彼は法律に精通している、穏健派のアルファである。
「ここで揉めるワケにはいかないでしょ? 堪えてください」
「しかし――」
「あなたの言いたい事は分かります。私も彼と同じアルファですが、彼の思考は異質なほど極端だ」
八木沢はそう小声で言うと、ゴホンと咳払いをして正嘉ヘ向き直った。
「申し訳ありません。あまりに情報が少なかったので、随分と不躾な振る舞いをしてしまいました。あの、それでは結城奏さんは、現在馬淵ではなく青柳さまの番になられたのですか? 」
「そうだ」
「それはつまり――――彼に『番の上書き』をなさったと? 」
「そういう事だ。だからオレなりに謝意と敬意を払い、特別に馬淵と面会する事を許したんだ。オレの持つ土地の交渉がしたいのだろう? 」
「え、ええ」
「では本人を連れて来い。直々に伝えねば、こういう『真心』は伝わらないだろうからな」
言っている事とやっている事がこれだけバラバラなのも珍しいだろう。
だがとにかく、土地に関しての交渉は、馬淵本人が乗り出したらスムーズに進みそうなのは分かった。
真心だの謝意だの敬意だのと言っているのだから、馬淵が頭を下げたら、四の五の言わずに契約書にサインする公算は高い。
しかしそれは、番を横取りした事への謝罪を受け取った事になる。
会社としては、何としても土地を取得したい。
目論んでいた場所の開発事業が頓挫しては、倒産の憂き目にあうのは必定なのだから。
この件に関し、吉川と八木沢の意見は同じだ。
馬淵栄太に番を諦めてもらうしか、会社の生き残る道はない。
吉川と八木沢は互いに目配せをすると、その意思を確かめ合った。
――――元々、『番の上書き』をされてしまったら、そのオメガの身柄はアルファへと譲渡される事は法律にも記されている。
往生際悪く、他の男のモノになったオメガの事で揉めるのは得策ではないだろう。
会社にとっても、馬淵栄太にとってもだ。
「…………分かりました。一度戻って――――青柳さまは、これからの御予定は大丈夫でしょうか? 」
「……ああ」
(昨夜会合が終わった後、あいつを迎えに行ったらマンションは蛻の殻だった――――)
多分、九条が手引きをしているのだろう。
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