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 そう言うと、九条は「では、続きは帰ってから」と告げて電話を切った。

(……正嘉の考えが変化する、か……)

 叶う事なら、そうあってほしいが。

 重苦しい溜め息をつきながら、一枚だけサインが入った書類を、苦々しい気持ちで手に取る。

 よりにもよって、恵美に対して接見禁止と記した、この書類にだけサインをするとは。

(ことごとく、こちらの想定を覆すリアクションだな。アルファのブランドに、もっと固執するタイプかと思っていたのだが)

 九条家は、歴史ある名家である。

 新参の部類に入る青柳家の若き当主としては、何とか此方へ擦り寄ろうとして、もっと食い下がるものと予想していた。

 しかしその予想に反し、正嘉は委員会メンバーである事にはさほど固執していないし、恵美にも興味がないようだ。

 オメガ男体である奏と家名を天秤に掛けて、どちらを選ぶのか――――単純に、後者を取ると思っていたのだが。


――――だが、あの様子では…………。


(頭の痛い問題だな……)

 それに問題は、まだ山積みだ。

 奏が正嘉によって無理やり『番』にされるより先に選んだ筈の、ベータの馬淵栄太である。

 彼は現在馬淵コーポレーションのトップとして、かなり経営状況が厳しい場面に立たされているらしく、家にも帰らず会社に詰めているようだ。

 奏の事はとても気掛かりに思っているようだが、だからといって、そう易々とプライベートを優先できる状況ではないらしい。

 まさか自分が留守の間に、正嘉というアルファによって番の上書きが為された事など知る由もないだろう。



 そして、奏のその体内に、どちらかの子種が着床したことも。



「匿うにしても……どちらにも、この事実は知らせない方がいいだろうな……」

 果たしてどこまで隠し通せるものか。

 こんな状況で、奏は本当に幸せになれるのだろうか?
 

(私は、七海の事だけでも頭がいっぱいなんだが……)


 暗澹とした先行きに、九条はまた溜め息をついた。


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