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そのセリフに、九条は絶句した。
そして、これは最悪なパターンだとゾッとする。
正嘉は――――下賤な言い方をするなら『やり逃げ』をする心づもりなのだろうと此方は見当を付けていたのだが、それは違うようだ。
彼は、奏を正式に番として、本気で青柳へ迎え入れる気らしい。
(そんな、馬鹿な……! )
正嘉がオメガ男体を侮蔑しているという情報は、九条の耳にも入っている。
それなら当然、奏の事は認めようとしない筈であった。
オメガのフェロモンに触発されて暴走した事実も、見苦しく隠蔽しようとするに違いないと思い込んでいたが。
七海と一緒に出したその答えが、全てひっくり返ってしまった。
この事態に、今や青くなって狼狽えているのは、正嘉ではなく九条の方である。
「……う、嘘は止めたまえ! 」
「嘘ではない」
平素な顔でそう言うと、正嘉はガタっと席を立った。
そして、机上の書類の一枚にだけサインすると、それを九条へサッと差し出す。
「お前の妹の九条恵美には、こちらからは接触しないと約束する。結納前だが、それでも家の名に傷がついたと抗議する場合は、改めて慰謝料請求をする事だ。その場合、こちらは争わずに専門の弁護士を通じて対処させて頂く」
正嘉がサインしたのは、恵美に対する接見禁止の確約書だけであった。
「う……」
「結城奏に関する書類は、無効だ。貴様達は、オレがヤツを捨て置く気だと思い込んでいたようだが、それはお前達の勝手な妄想に過ぎない。オレは、あいつを娶る」
二の句が継げぬ九条を一瞥し、正嘉は、
「では、失礼する」
と、言い残して部屋を出て行った。
◇
『なんだって!? それは本当か! 』
電話越しに伝わる驚愕の声に、九条は沈痛な面持ちになって溜め息を吐いた。
「――――本当だ。ヤツは、奏くんを連れに行く気だ」
『そんなの、ダメだ! 絶対に許さない!! 』
「しかし、七海……アルファが番としての権利を行使する場合は、もうそれを止める権限は誰にもないぞ? 法律は、第三者の介入を認めていないんだ」
『でも! 正嘉なんてクソガキに奏を渡したら、不幸になるのは目に見えているじゃないか。オレはそんなの、絶対に嫌だからな』
七海にとって奏は、可愛い後輩であり弟のような存在だ。
それが、あの人非人の権化のような青柳正嘉の手に渡るのは、許せない事態だろう。
――――それは重々分かるが…………。
「七海――こうなってはもう、オメガの意思など関係なくアルファの意見が優先されてしまうんだ。君も知っているだろう? 正嘉が奏くんの身柄を預かると宣言されたら、それを阻むことは法律違反になってしまう。我々の方が、警察の御厄介になるぞ」
『でもっ!……奏は、ずっとうなされている……。こんな状態で見殺しにするなんて、可哀想じゃないか――』
「七海……しかし君の体だって普通ではないのだし――」
安静にしなければならないのは、彼こそだろう。
子を産むには、七海は既に若くない。その上、大きく身体を壊している。
その体内に宿った命が無事成長できるように、慎重に慎重を重ねて気を付けなければならないのに。
『ヤツは――――奏はマンションに居ると思っているんだな? 』
「あ? ああ。それか、研究所のどちらかだろうと見当をつけるだろう」
『ふん。ならば、奏が今は九条邸にいるとは知らないワケだ。それならしばらくの間は、こっちで奏を匿えるな』
「七海…………」
『頼む、九条。協力してくれ』
愛しい恋人にそう言われては、力を貸さない訳には行かない。
九条は嘆息しながら、口を開いた。
「――――分かったよ。何処まで出来るか分からないが、奏くんは九条家で匿おう。もしかしたら、その間に正嘉の考えが変化するかもしれないしな」
そして、これは最悪なパターンだとゾッとする。
正嘉は――――下賤な言い方をするなら『やり逃げ』をする心づもりなのだろうと此方は見当を付けていたのだが、それは違うようだ。
彼は、奏を正式に番として、本気で青柳へ迎え入れる気らしい。
(そんな、馬鹿な……! )
正嘉がオメガ男体を侮蔑しているという情報は、九条の耳にも入っている。
それなら当然、奏の事は認めようとしない筈であった。
オメガのフェロモンに触発されて暴走した事実も、見苦しく隠蔽しようとするに違いないと思い込んでいたが。
七海と一緒に出したその答えが、全てひっくり返ってしまった。
この事態に、今や青くなって狼狽えているのは、正嘉ではなく九条の方である。
「……う、嘘は止めたまえ! 」
「嘘ではない」
平素な顔でそう言うと、正嘉はガタっと席を立った。
そして、机上の書類の一枚にだけサインすると、それを九条へサッと差し出す。
「お前の妹の九条恵美には、こちらからは接触しないと約束する。結納前だが、それでも家の名に傷がついたと抗議する場合は、改めて慰謝料請求をする事だ。その場合、こちらは争わずに専門の弁護士を通じて対処させて頂く」
正嘉がサインしたのは、恵美に対する接見禁止の確約書だけであった。
「う……」
「結城奏に関する書類は、無効だ。貴様達は、オレがヤツを捨て置く気だと思い込んでいたようだが、それはお前達の勝手な妄想に過ぎない。オレは、あいつを娶る」
二の句が継げぬ九条を一瞥し、正嘉は、
「では、失礼する」
と、言い残して部屋を出て行った。
◇
『なんだって!? それは本当か! 』
電話越しに伝わる驚愕の声に、九条は沈痛な面持ちになって溜め息を吐いた。
「――――本当だ。ヤツは、奏くんを連れに行く気だ」
『そんなの、ダメだ! 絶対に許さない!! 』
「しかし、七海……アルファが番としての権利を行使する場合は、もうそれを止める権限は誰にもないぞ? 法律は、第三者の介入を認めていないんだ」
『でも! 正嘉なんてクソガキに奏を渡したら、不幸になるのは目に見えているじゃないか。オレはそんなの、絶対に嫌だからな』
七海にとって奏は、可愛い後輩であり弟のような存在だ。
それが、あの人非人の権化のような青柳正嘉の手に渡るのは、許せない事態だろう。
――――それは重々分かるが…………。
「七海――こうなってはもう、オメガの意思など関係なくアルファの意見が優先されてしまうんだ。君も知っているだろう? 正嘉が奏くんの身柄を預かると宣言されたら、それを阻むことは法律違反になってしまう。我々の方が、警察の御厄介になるぞ」
『でもっ!……奏は、ずっとうなされている……。こんな状態で見殺しにするなんて、可哀想じゃないか――』
「七海……しかし君の体だって普通ではないのだし――」
安静にしなければならないのは、彼こそだろう。
子を産むには、七海は既に若くない。その上、大きく身体を壊している。
その体内に宿った命が無事成長できるように、慎重に慎重を重ねて気を付けなければならないのに。
『ヤツは――――奏はマンションに居ると思っているんだな? 』
「あ? ああ。それか、研究所のどちらかだろうと見当をつけるだろう」
『ふん。ならば、奏が今は九条邸にいるとは知らないワケだ。それならしばらくの間は、こっちで奏を匿えるな』
「七海…………」
『頼む、九条。協力してくれ』
愛しい恋人にそう言われては、力を貸さない訳には行かない。
九条は嘆息しながら、口を開いた。
「――――分かったよ。何処まで出来るか分からないが、奏くんは九条家で匿おう。もしかしたら、その間に正嘉の考えが変化するかもしれないしな」
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