上 下
145 / 240
34

34-3

しおりを挟む
 5年前も、更にその前も、自分の方から正嘉の元へと足を運んできたというのに。

 焦れる内心にイラつきながらも、正嘉はそれでもしばらく待っていたが、やはり奏の方から現われる様子はない。

 故に、とうとうごうを煮やして、正嘉は自ら動く事にしたのだ。

 いつも、交際を申し込まれる側のポジションだった正嘉が、初めて自分の方から足を運んだのだ。

 これは、周囲が思っている以上の、とんでもない奇跡の行動だろう。

 しかし――――本来なら涙を流して喜ぶであろう、運命の番である筈の結城奏は、あろう事か正嘉を否定してきたのだ。


『き、気安く、僕に触れないでください!! 』
『あなたは、僕にとって最早ただの他人です』


 なんと、奏は予想外のリアクションを返して来たのだ。

 正嘉は、仕方なしにその時はいったん引き下がり、改めて次の一手を考える事にした。
そして、九条恵美が暗躍していたらしき行動内容の詳細と、その兄の九条凛の周辺。

 更に七海達樹の事まで調べ上げたところで、正嘉は満を持して二回目の行動を起こしたのだ。

 奏に対し、石を投げつける等の攻撃行動を取った九条恵美を呼び出して、正式に謝罪する事を確約させた。そして正嘉は恵美を伴い、再び奏の元を訪れたのである。

 だがしかし、意に反して、奏は正嘉の方こそを諸悪の根源のように断罪して来た。

 そして、愚かにもベータの男を選んだと言い出したのだ。

――――何をバカな事を……と、正嘉は不愉快になった。

 自分こそが運命だと知っているくせに、そのさだめに背を向けようとしているのか? 

 そんな事が、まかり通ると思っているのか?

(オレ達は、好きだろうと嫌いだろうと、互いに『運命の番』と認識したなら、もうそれに従うのが当たり前ではないか)

 感情は関係ない。大切なのは、運命に従う本能だ。

 そう思い、奏と揉み合ったところ……偶然、その首筋に残る醜い古傷の上に刻まれた、新しい噛み痕を目の当たりにしてしまった。

(ベータの男と、番の真似事だと!? )

――――その瞬間、正嘉の理性は切れた。

 正嘉は奏の儚い抵抗を易々と封じて、その上から『番の上書き』をしたのだ。

 それは、アルファだけに可能な、絶対的な所有権の刻印だった。

「その後オレは、気を失った奏をわざわざマンションへ運んで――――まぁ、オレも若いからな。ましてや、相手は運命の番だ。甘い匂いに誘われて……」

「君は! 幾ら相手が運命だからといって、そんな一方的な行為が許されると思っているのか! 」

 声を荒げた九条に、正嘉は肩を竦める。

「暴走してやり過ぎてしまったのは自覚しているが、かなり自制はした方だぞ。そのまま連れて帰ろうかと思ったが――」

「こっちの総会で頭がいっぱいで、結局そのまま彼をマンションへ置き去りにして帰ったんだろう! 君は、本当にまだ子供だ! 自分のやった事の責任も、結果も、全て負うその覚悟もない、下らない能書きを垂れるガキだ!! 」

 九条はそう断言すると、未だ真意の見えない正嘉をキッと睨む。

「君の言い分は余りにも自分勝手で、見苦しいだけだ。もう四の五の言わないで、大人しくサインをする事だな! 」

 バンっとテーブルを叩き、九条は命令する。

 だが、やはりどうした事か、正嘉は動じない。

 彼は顔色も変えずに、次にとんでもない事を言いだした。

「責任? 結果? 貴様は何を言っている? オレはこの下らない総会が終わったら、奏の元へ再び出向いて、今度こそ青柳の別邸へ連れて行くつもりだ。何といっても、運命の番だからな」

「な……に? 」

「番なのだから、めとるのは当たり前だろう? そのまま連れ帰ろうかと思ったが、うわ言に『研究』『試薬』と繰り返されては、直ぐに連れて行く訳にもいくまい。何か余程の要件なのだろうと、オレなりに昨夜は遠慮したんだ」

「――――つまり、君は……」

「今日一日猶予を与えたのだから、ヤツも、もう充分だろう。オレはこれから運命の番を迎えに行く」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

好きな子が毎日下着の状態を報告してくるのですが正直脈ありでしょうか?〜はいてないとは言われると思いませんでした〜

ざんまい
恋愛
今日の彼女の下着は、ピンク色でした。 ちょっぴり変態で素直になれない卯月蓮華と、 活発で前向き過ぎる水無月紫陽花の鈍感な二人が織りなす全力空回りラブコメディ。 「小説家になろう」にて先行投稿しております。 続きがきになる方は、是非見にきてくれるとありがたいです! 下にURLもありますのでよろしくお願いします! https://ncode.syosetu.com/n8452gp/

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...