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◇
顔色の悪いまま、静かに眠り続ける奏の髪を優しく撫でると、七海はフゥと溜め息をついた。
「――――奏くんの具合は落ち着いたか? 」
「ああ、すまなかったな、九条……総会の準備で忙しかっただろう? 」
「なに、私にとっては君の方が最優先だ。いつでも呼んでくれて構わないさ」
頼もしい番の言葉に、七海は切なげに微笑んだ。
「この子の番も、お前のようなら良かったのに――」
アルファの番は最低のガキだし、ベータの番も頼りない。
奏から、ベータの方の連絡先は教えてもらっているが……。
「…………馬淵栄太、だったか。奏くんの事は知らせないのか? 」
「知らせたさ。そうしたら、仕事状況を見て駆け付けるだと。まったく、これだから男ってヤツは――」
七海の舌打ちに、九条は顔を曇らせる。
「男も、色々いるんだよ。まぁそう怒るな……胎教に悪い」
心配そうに手を伸ばし、大きな掌で七海のお腹を触る番に、七海は今度は照れたように笑った。
「――まぁ『受胎した事による体調変化』と正直に教えたら、馬淵もすぐに駆け付けるかもしれないが……これはちょっと……まだ言う訳にもいかないからなぁ――」
「――――青柳正嘉、か――」
低い声で言うと、九条は静かな怒りを滲ませる。
確かに九条は、あの男は諦めろと妹の恵美を説得していた。
婚約は破棄するよう、何度も諭していた。
まずは結納は延期して、互いの親族を交えて改めて話し合いをしようとしていたのに。
――――だが、それら正規の手順を踏まないで、一方的暴力的に、正嘉はこの結城奏に番の刻印を刻み暴行したらしい。
では、妹の恵美はどうするつもりなのだ?
恵美も、一方的に婚約破棄して捨てる気なのか!?
…………バカにするにも程がある!
そんな九条の怒りが伝わったのか、七海は苦い声で言う。
「――――アルファのガキの連絡先を、教えてくれないか? 」
曲がりなりにも、九条の妹の恵美と正嘉は婚約をしていたのだ。
プライベートな連絡先も、当然知っている筈だ。
奏が後生大事に握っていた男物のハンカチ……そこには、青柳の家紋を模した意匠が透かしでデザインされていた。
どうやら奏は、そのハンカチの残り香に反応していたようだ。
辛いだけの出来事など忘れたいだろうに、それすら不可能になっている。
無意識に『番』の気配に反応しているのだろう。
――――可哀想に。
「お前なら、ヤツの連絡先を知っているだろう? 」
だが、七海の問い掛けに九条は首を振った。
「知っているが、ダメだ。今の君は大切な身体だ。安静にしないとならない」
「九条! 」
「…………だから私が、君に代わって青柳正嘉と話を付ける」
九条はそう言うと、七海を宥めるように優しく肩を撫でた。
この一件は、奏だけの話ではない。
正嘉が『番』を作ってしまったのだ。
項を噛んで正式に番になった場合、厳格な一夫一婦制に従う事になる。
そうとなれば、恵美は確実に捨てられる。
婚約破棄は元々九条も進めようとしていた事ではあるが、それにしてもやり方というものがあろう。
これでは、恵美の面目は丸潰れだ。
第一、九条家そのものに泥を塗るような行いである。
「言葉は悪いが――あの生意気なガキに、九条家当主としての制裁を加えるのが筋だろう」
「ああ――頼む。そして、奏との『番』を無効にさせなければ……」
どこまでもアルファ上位なのは、法律も変わらない。
項を噛まれたオメガは問答無用でアルファの所有物へとなってしまう。
身体も、もう、番となったアルファしか迎え入れる事は出来なくなってしまう。しかしそれでも、番としての契約は『離婚』して法律上は無効にする事は可能だ。
身体の支配は、もう相手が死なない限り解ける事はないが、離婚して身分上は自由になる事はできるのだ。
「しかし、青柳正嘉は――――奏の項を噛んで番の契約をしたワケだが、彼と結婚する気はあるのだろうか? 」
顔色の悪いまま、静かに眠り続ける奏の髪を優しく撫でると、七海はフゥと溜め息をついた。
「――――奏くんの具合は落ち着いたか? 」
「ああ、すまなかったな、九条……総会の準備で忙しかっただろう? 」
「なに、私にとっては君の方が最優先だ。いつでも呼んでくれて構わないさ」
頼もしい番の言葉に、七海は切なげに微笑んだ。
「この子の番も、お前のようなら良かったのに――」
アルファの番は最低のガキだし、ベータの番も頼りない。
奏から、ベータの方の連絡先は教えてもらっているが……。
「…………馬淵栄太、だったか。奏くんの事は知らせないのか? 」
「知らせたさ。そうしたら、仕事状況を見て駆け付けるだと。まったく、これだから男ってヤツは――」
七海の舌打ちに、九条は顔を曇らせる。
「男も、色々いるんだよ。まぁそう怒るな……胎教に悪い」
心配そうに手を伸ばし、大きな掌で七海のお腹を触る番に、七海は今度は照れたように笑った。
「――まぁ『受胎した事による体調変化』と正直に教えたら、馬淵もすぐに駆け付けるかもしれないが……これはちょっと……まだ言う訳にもいかないからなぁ――」
「――――青柳正嘉、か――」
低い声で言うと、九条は静かな怒りを滲ませる。
確かに九条は、あの男は諦めろと妹の恵美を説得していた。
婚約は破棄するよう、何度も諭していた。
まずは結納は延期して、互いの親族を交えて改めて話し合いをしようとしていたのに。
――――だが、それら正規の手順を踏まないで、一方的暴力的に、正嘉はこの結城奏に番の刻印を刻み暴行したらしい。
では、妹の恵美はどうするつもりなのだ?
恵美も、一方的に婚約破棄して捨てる気なのか!?
…………バカにするにも程がある!
そんな九条の怒りが伝わったのか、七海は苦い声で言う。
「――――アルファのガキの連絡先を、教えてくれないか? 」
曲がりなりにも、九条の妹の恵美と正嘉は婚約をしていたのだ。
プライベートな連絡先も、当然知っている筈だ。
奏が後生大事に握っていた男物のハンカチ……そこには、青柳の家紋を模した意匠が透かしでデザインされていた。
どうやら奏は、そのハンカチの残り香に反応していたようだ。
辛いだけの出来事など忘れたいだろうに、それすら不可能になっている。
無意識に『番』の気配に反応しているのだろう。
――――可哀想に。
「お前なら、ヤツの連絡先を知っているだろう? 」
だが、七海の問い掛けに九条は首を振った。
「知っているが、ダメだ。今の君は大切な身体だ。安静にしないとならない」
「九条! 」
「…………だから私が、君に代わって青柳正嘉と話を付ける」
九条はそう言うと、七海を宥めるように優しく肩を撫でた。
この一件は、奏だけの話ではない。
正嘉が『番』を作ってしまったのだ。
項を噛んで正式に番になった場合、厳格な一夫一婦制に従う事になる。
そうとなれば、恵美は確実に捨てられる。
婚約破棄は元々九条も進めようとしていた事ではあるが、それにしてもやり方というものがあろう。
これでは、恵美の面目は丸潰れだ。
第一、九条家そのものに泥を塗るような行いである。
「言葉は悪いが――あの生意気なガキに、九条家当主としての制裁を加えるのが筋だろう」
「ああ――頼む。そして、奏との『番』を無効にさせなければ……」
どこまでもアルファ上位なのは、法律も変わらない。
項を噛まれたオメガは問答無用でアルファの所有物へとなってしまう。
身体も、もう、番となったアルファしか迎え入れる事は出来なくなってしまう。しかしそれでも、番としての契約は『離婚』して法律上は無効にする事は可能だ。
身体の支配は、もう相手が死なない限り解ける事はないが、離婚して身分上は自由になる事はできるのだ。
「しかし、青柳正嘉は――――奏の項を噛んで番の契約をしたワケだが、彼と結婚する気はあるのだろうか? 」
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