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 その瞬間、完全に正嘉の理性は切れた。

 運命の番が、違う男の臭いを纏いマーキングされている。

 この、アルファであるオレの番が、よりにもよって下位のベータに!?



 これ程、屈辱的な事はない!



――――だから、正嘉は…………自分でも思いもしなかった行動に出てしまった。

 嫌がる奏の首筋へ歯を立て『番の上書き』を行い、その衝撃で意識を失った軽い身体を抱えて、事前に調べていた彼のマンションへと連れ込んだ。

 それから、正嘉は――――己の中にこのような獣を飼っていたのかと疑うような激しい衝動に駆られ、細く華奢な奏の身体を縦横無尽にさいなんだ。

 せめてもの救いは、とうとう最後まで奏の意識が覚醒しなかった事だろうか。

 どうやら奏は、昨夜は発情期に入っていたらしい。

 手間暇かけなくても、既に柔らかく解けていた後孔は、まるで歓喜するように正嘉の雄芯を迎え入れてくれた。

 その、今まで味わった事のない快感と充足感といったら……!

(あれが、運命ゆえの歓びなのか……? )

 今思い出しても、際限なく勃起しそうだ。

 奏の身体は、今まで抱いたどのオメガよりもかぐわしく、耐えがたいほどに魅力的だった。流れる汗も、零れる涙も、前と後ろから滴る蜜も……何もかもが甘露だった。
全身が歓喜に包まれ、熱く蕩けるような感覚に、正嘉の理性はどんどん薄れて行った。

 それ故、意識が戻らないまま全身を緋色に染めて喘ぎ続ける奏の身体を、一方的に貪ってしまった。

 我に返ったのは、明け方になってからだ。

――――しまった! オレとした事が、なんとみっともない真似を…………。

 それから正嘉は自分だけ身繕いをして、慌ててマンションを後にした。

 奏をそのままベッドに残し、毛布だけ被せて逃げるように帰ったのだ。

 自分では冷静なつもりだったが、やはり相当に動揺していた。

 まさかこの自分が、こんな下衆な行為に走ってしまうとは――――これでは、こちらの方が余程破廉恥ではないか、と。

 流石に今は、その事に対し後味の悪さを感じている。

 せめて、奏の意識が戻るまで傍に居て…………傷付いた項へ、そっとキスの一つでもしてやるべきだったろうか?

『番の上書き』は、オメガの身体には相当負担が掛ると聞く。

 人体の急所へ、立て続けに『所有の証』という劇薬を注入されるようなものだからだ。

 それは、かなりの衝撃だろう。

 その所為で、奏の意識がなかなか戻らなかったのだろうが――――そういえば、まるで発熱したように、奏の身体はずっと火照っていたが……。

「優しく――――するべきだったろうが…………」

 それは分かっているが、あの噛痕を見た瞬間に、全ての理性が飛んだ。

(オレが悪いのか? しかし、挑発したのは向こうが先だ。互いに運命の番だと分かっていたのに、ベータなどと……!! やはりあいつは、不埒ではないか! )

 正嘉は自己嫌悪に陥る前に、怒りの矛先を奏と馬淵栄太へ転化した。

 馬淵栄太には、自分の所有物へ勝手に傷をつけた怒り。

 奏には、運命の番のクセに正嘉に対して無礼な言い方をした怒りを。

(黙って大人しく項を噛んで下さいと一言いえば、それで済んだ話の筈だ! こっちは、男のオメガを特別に番にしてやる気だったのだから、感謝されてもいいはずだろう)

 それを拒んだ、向こうが悪い。

――――しかし……何故奏は、発情期なのにヒートにならなかったのか? 本来なら、理性を飛ばして発情するのはオメガである筈なのに。これでは、アルファの立場が無いではないか。

 どうかこのオレと、番になってください――――そのセリフは、オメガが言うべき言葉の筈なのに。

「アルファ、ベータ、オメガ…………垣根のない世界が近い、か……? 」

 九条と国が、かなり実用化に近いところまで漕ぎつけたという新薬。

 今回の奏の反応は、それに起因している気がする。奏は生物統計関連の博士であり、オンコロジー関連でも実績を積んでいると聞く。

 奏は『運命』の呪縛を、自らの手で突破しようとしているのか?

「オメガのクセに……生意気な…………」

 正嘉は低い声で、苦々しく呟いた。

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