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 それに力を得て、吉川は尚も言い募る。

「あと数時間だけでも、社長はここで踏ん張ってください! それに、社長が関係各所へ頭を下げて回らないと、誰も納得しませんよ。オレや他の社員達だけでは対応しきれません。銀行にも、融資の件をもう少し待ってもらうよう根回しが必要です。今が大事な時だと、社長が一番よく分かっている筈ではありませんか」

「しかし――」

 奏が待っているのに……! 

「社長! ここまで頑張って大きく育てたこの会社と、その用件の、どっちが本当に大切なのか考えてください!! 」

 その言葉に、栄太の決心は揺らぐ。

 もしも――――栄太の失策が引鉄になり、このまま落ちぶれて馬淵家から無一文で追い出されでもしたら、どうなる?

 平凡以下で全く魅力のない、貧乏人のベータになったとしたら、果たしてその先は?

――――今いる多くの友人も知り合いも、皆霧散したように消えて居なくなるだろう。



 そして、奏はどうするのだろうか?



 奏が、決して栄太の財産に惹かれて番になったのでは無いという事は理解している。

 栄太には、奏の他にも過去2人の女オメガの愛人がいたが、彼女達は栄太の財産が目的でしかなかった。強欲な彼女達は栄太の財産をまんまとせしめた上に、渡すと約束していた筈の子供まで奪って行った。

 だが、奏は彼女達とは全く違う。

 彼は、真実、途方もなく純情だ。

 そんな、汚い考えや打算などは思い付きもしないだろう。

 奏は純粋に、栄太に想いを寄せてくれている。

 それは分かっているが――――本当に文無しになったら、果たして奏は、これからも番でいてくれるだろうか?

 奏は、本人は全く気付いてもいないらしいが…………とても純真で可憐だ。

 可愛くて初心うぶで、その本当の魅力に気付いた者は全員が奏の虜になるだろう。

 栄太が破綻してしまったら、きっと何者かが、必ず奏を奪って行こうとするに違いない。

 その時、果たして自分は――――最後まで、奏の手を離さないでいられるか? 

 コイツはオレの番だと、護り通す事が出来るのだろうか?

…………ずっと、格差の中で足掻きながら生きて来た。

 そして知った事は、金こそが強力な力になるのだという事だ。

 だから栄太は、鼻持ちならないアルファの連中から凡庸なベータの分際でと揶揄されながらも、それこそ死に物狂いで努力してここまで来た。

 恨みを買う事を承知で汚い仕事に手を出した時もあるし、逆にこっちが辛酸を舐めた事も、幾度もある。

 とにかく、何がなんでもアルファと対等に肩を並べる存在になろうと、栄太は頑張って生きて来たのだ。

「――――分かった、早急にメインバンクの頭取と打ち合わせをするよう、まずは手を打とう」

 栄太の言葉に、吉川はホッとした表情になった。

 それを横目に、栄太はデスクへ戻り、次々と部下へ矢継ぎ早に指示を出す。

(すまない、奏! あと一日……いいや、半日だけ待っててくれ!! )

 栄太は心の中でそう詫びながら、何とかこの難局だけは乗り切ろうと、その場で踏み止まった。

 奏を見捨てたつもりはないが――――結果だけ見たら、恋人よりも仕事の方を優先したと取られるかもしれない。

 しかし、栄太も必死だったのだ。

 ここですべてを失っては、自分のアイデンティティが全否定される、と。

 奏に以前『馬淵の家を出てもいいと思っている』と言ってはいるが、独立と追放では全く意味が違う。

――――矛盾しているが、栄太は自分でも知らない内に『馬淵』という名前に囚われていた。

   ◇

「う……」

 首筋が、熱を持ったように熱い。

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