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「お前の用件は済んだ」

「そ、それでは約束が違います! ここまで付き合ったら、今日は夕食をご一緒する約束だったではありませんか!? 」

 恵美の抗議に、正嘉は氷のような目線を払う。

「オレの命令が聞こえなかったのか? 二度も言わせる気か? 」

「でも――」

 涙ぐみながら口を開こうとする恵美を、それまで陰で控えていたらしい、従者と思しき男がそっと取り押さえた。

「参りましょう、恵美さま。反対側に車を御用意しております」

「い、いやよ! どうして私が!! 恥を忍んで、ここまでしたのに――」

 しかし、正嘉の凍り付くような視線に気付くと、恵美は意気消沈と肩を落として、従者に連れられたまま去って行った。

 正嘉はその間も、奏の手は離さない。

 容赦なく力を入れたまま、正嘉は嗤った。

「まったく、どいつもこいつも馬鹿者ばかりだな」

「――はな、して……」

 血の気を失ってきた指先に気付き、そこでようやく正嘉は、掴んでいた手を解放した。

「オレを引っ叩こうとした事は、特別に許してやろう。お前はオレの、運命の番だからな」

「何を、バカな……」

 痺れる手を庇いながら、奏は吐き捨てる。

「あなたなんか、僕は嫌いです! 運命なんかじゃない! そんなものは、最初から無かったんだ!! それに、恵美さんにあんな言い方をするなんて酷すぎです……! 」

「お前――――本当に発情しているのか? 」

「え? 」

「……間違いない、この匂いはフェロモンの筈だ…………ならば、オメガはもうとっくにアソコを洪水のように濡らして、露骨に精液を強請ねだりながらのたうち回っている筈なのに――? 」

 発情したオメガなど、いとも簡単に股を開くものだと思っていた。

 何としても抱いてくれと、ガムシャラに縋って来るだろうと思っていた。

 また、そうでなければならないと、信じていた。

 だが、この運命である筈のオメガはどうだ!?

 まったく発情した様子もないままに、只々甘い匂いを全身から発散している。

 先程からずっと、その匂いに触発されて――――冷静を装いながらも、興奮を抑えるので必死になっているのは、実は正嘉の方だ。

 クールで完璧なアルファの体裁を整えてはいるが、実際は違う。

 本能のままに、華奢な奏の身体を雁字搦がんじがらめに腕に抱きたい。

 そうして捕らえたなら、そのままその緋色の唇を獣のように奪いたい。

 首筋に噛り付きたい。

…………甘くて好い匂いに誘われて、意識が陶然となりそうだ。

 自然と、自身の心拍数が上がっているのをずっと実感している。

 それだけ、奏の匂いは堪らなく魅惑的で――――つい気を抜いたら、こちらの方が先に暴走してしまいそうだ。

(クソッ……やはりこいつが、オレの運命か……)

 これだけ強く正嘉を惹き付ける原因は、やはり奏が『運命の番』である所為だろう。

 二十歳になった正嘉は男として成熟期を迎え、敏感にオメガフェロモンに感応するようになっている。

 今ならば、もう真の番の相手を見誤る事もない。

 奏こそが、正嘉の運命だった。

 ならば、片膝を着いて『どうか私と番になって頂きたい』とうやうやしく申し込むべきであるが。

――――だが、相手に縋って懇願するのは、常にオメガである筈だ。

 断じて、アルファの正嘉であってはならない。

 だから正嘉は、余裕のある振りをしながら、何とか奏の方を挑発・・・しようとした。

「本当は、身体が辛いのだろう? 立っているのも、やっとじゃないのか? 」

「は? 」

「今のお前は、本心ではオレが欲しい筈だ。正直に言ってみろ」

「……何の事です? 」

 しかし奏の方は、自身が開発した新薬の効果で、長くオメガを苦しめていた発情状態を(身体自体の変化は別だが)完全に封じ込めている。

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