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 目をパチパチさせると、初めて、少し不安そうな声をもらした。

「どうした? 何を怒っているんだ? 」

「怒っているのでは――」

「怒っているだろうが」

 正嘉は呆れたように言うと、納得が行かないと言うように舌打ちをした。

「オレはお前の為に、先日お前へ危害を加えようとしたこの女をわざわざここまで連れて来て、きちんと謝罪をさせたんだぞ。それが、どうして責められなければならないんだ? 」

 一見すると筋が通っている気はするが、やはり歪んでいる。

 憂い顔になって、奏は正嘉を見た。

「――――あなたは、まだ子供のままなんですね。ずっと前に……僕が18、あなたが8歳の時に出会った、あの頃のまま」

 今の正嘉は20歳の青年だ。

 8歳の子供だった正嘉はすっかり成長し、奏よりずっと立派な体躯となった。

 しかし、その心の方は――――依然として幼いままのような気がする。

 どうして奏が悲しい顔をしているのか、何故恵美が暴挙に出てしまったのか。

 いくら説明しても、正嘉は理解しないだろう。

 それがとても、哀れだ。

「……お引き取りください。それに、僕もこれから用事があるので失礼します」

 奏はそう言い捨てると、今度こそ踵を返して立ち去ろうとした。

 だが、

「――――そういえば、馬淵といったかな」

「っ!? 」

 ハッとして振り返ると、正嘉は不可思議な笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開く。

「今日、馬淵コーポレーションが会社更生法を申請するとかしないとか……そんな話を、ここに来る前に小耳に挟んだ。お前の知り合いなんだろう? 何か連絡が来たんじゃないのか? 」

「え……」

「旅行にでも行くような様子だが、生憎と相手馬淵はそれどころではないだろうな」

 クスリと笑い、正嘉は言う。

「そんなにメスの匂いをプンプンさせているのに、可哀想な事だ」

 その指摘に、奏はギョッとする。

 確かに、今は発情期に入っている。

 まったく発情の自覚は無いが――――データを鑑みると、それは間違いないのは確かだ。
だから先程、七海から託された試薬を注射したのだから。

 奏は、いつもの通りに、馬淵栄太が時間厳守で直ぐに来るものだと思っていたから……。

 しかしそれは、浅はかな考えだったのか?

(栄太さんの会社が、そんな騒ぎになっているなんて全然知らなかった! じゃあ連絡が取れないのは、それが原因だったのか――どうしよう……薬の効果が…………)

「まさか……嘘ではないですよね? 」

 動揺しながらそう訊ねると、正嘉はムッとしたように答えた。

「なぜオレが、嘘をつく必要がある? どうせヤツは凡庸なベータだろう? だから会社の経営も上手く行かないのだろうよ」

「そ、そんなっ! 」

 居心地の悪いアルファ馬淵の家へと母親の再婚で養子に入り、その所為で、どれだけ栄太が辛酸を嘗めたか。意地の悪い兄弟に負けじと、栄太がどれだけ努力したか。

 深く付き合うようになった今なら、奏もそれを充分理解している。

 しかし正嘉は、そんな栄太の苦労も知らないで『ベータだから』と一言で済ませた。


 もう、許せない!


「――――何をする気だ? 」

「うっ……」

 振り上げた手は、正嘉に掴まれた。

 そして、そのままギリギリと力を入れられ、痛みに奏は呻き声を上げる。

「は、な……っ」

「このオレのツラを、引っ叩こうとしたのか? 」

 正嘉はクスクスと笑うと、奏の手を掴んだままクルリと視線を薙ぎ、立ち尽くしたままの恵美をその眼で射抜く。

「お前は一人で帰れ」

「えっ? あ、あの――」

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