122 / 240
30
30-5
しおりを挟む
正嘉の無情な言葉に、奏は言い淀む。
愛情を感じられなくて……でも、信じたくて。
かつての奏がそうであったように、この九条恵美も相当悩んだのだろう。
そんな不安に揺れる心を、どうして無関係と言い切れるのか?
「――――正嘉さま、恵美さんに謝ってください」
「なに? 」
「あなたは、あまりにも人の心に対して無神経です。第一、幾ら石を投げたのが本当の事とはいえ…………その原因が、あなたにあるという事を一度でも考えましたか? 」
奏の言葉に、正嘉は心を動かされた様子もなく、冷たく吐き捨てる。
「だからオレは無関係だと言っただろう。お前の名前すら一度も口にしていないのに、勝手にあれこれと、あの女に詮索されて迷惑千万だ」
「迷惑――――」
ズキリと胸が痛み、奏は表情を曇らせる。
(そうだ、正嘉さまにとっては、僕が過去に青柳邸へ押し掛けた事さえ迷惑だったんだ。この人にとって、人の向ける好意なんか有難くはないんだ)
奏はそっと、立ち尽くしたままの恵美を見遣る。
可哀想に、彼女は夜目にも分かる程の真っ青な顔で、棒立ち状態だ。
躊躇いながら――――しかし、しっかりとした口調で、奏は告げる。
「恵美さん……この方は、あなたには相応しくありませんよ」
「え? 」
「オメガの女体なら――――ましてや、あなたは九条家のお嬢様だ。幾らでも求婚する方はいるでしょう? お兄さんとよくよく相談した方がいいです」
人の心が分からない。分かろうともしない男と一緒になど、成らない方が絶対に幸せになれる。
奏は正嘉に再び視線を戻し、別れの言葉を投げ掛ける。
「正嘉さま。今日は、わざわざ僕の元へ謝罪に来たのかと思って――――一瞬だけですが、嬉しかったです。でも、あなたがこんな残酷な事をする人だと分かって、余計に悲しくなりました。僕は、あなたが先程仰っていたように――――勘違いして、勝手に妄想を膨らませていた馬鹿者ですよ」
幼い頃、ずっと呪文のように繰り返された言葉。
『あなたは、大きくなったら青柳家の次期当主、正嘉さまへ輿入れするのですよ。ですから、キチンとした教養を身に付けて、誰よりも美しくならねばいけませんよ』
その言葉を信じて、本当にそれが現実になる事を夢見てた。
――――なんてバカな、僕。
今までの長い時を思い、自然と眼から涙が溢れた。
「――――僕は、あなたの事を――――運命の番だと思って、ずっと信じていました……」
馬淵栄太を番に選ぶ事へと傾いていたが、それでもやはり、心のどこかに残っていた。
ただ無心に青柳正嘉を信じた、あの日々の憧憬を。
「これで本当にお別れです、正嘉さま」
涙を流す奏に、正嘉は少々驚いた様子で目を見開く。
「どうした? 何故泣く? 」
「……あなたには、分からないでしょうね。せめて、きちんと恵美さんはお家まで送って差し上げてください」
そう呟くと、奏は正嘉の脇を通り過ぎて歩を進めた。
奏の中では、これでもう完全に終わった。
――――その筈だった。
「待て」
「? 」
後ろから腕を掴まれ、奏は不審そうに背後を見遣る。
「まだ、何か? 」
「お前は――オレの運命の番だろう? 無二とない、魂の番の筈だ」
「……」
「現に、先日お前の香りに触れてから…………オレは、どうにもお前が気になってしまっている。本来なら、お前の方からオレの元へ訪ねて来るのを、悠々と待っているつもりだったが――いつになっても来ないので、こうしてわざわざオレの方から足を運んだんだ」
この不遜な言い様に、奏も応酬する。
「どうして、僕がわざわざあなたの元を訪れなければならないのですか? そんな義務はないでしょう」
それは、正嘉にとって本当に意外な言葉だったらしい。
愛情を感じられなくて……でも、信じたくて。
かつての奏がそうであったように、この九条恵美も相当悩んだのだろう。
そんな不安に揺れる心を、どうして無関係と言い切れるのか?
「――――正嘉さま、恵美さんに謝ってください」
「なに? 」
「あなたは、あまりにも人の心に対して無神経です。第一、幾ら石を投げたのが本当の事とはいえ…………その原因が、あなたにあるという事を一度でも考えましたか? 」
奏の言葉に、正嘉は心を動かされた様子もなく、冷たく吐き捨てる。
「だからオレは無関係だと言っただろう。お前の名前すら一度も口にしていないのに、勝手にあれこれと、あの女に詮索されて迷惑千万だ」
「迷惑――――」
ズキリと胸が痛み、奏は表情を曇らせる。
(そうだ、正嘉さまにとっては、僕が過去に青柳邸へ押し掛けた事さえ迷惑だったんだ。この人にとって、人の向ける好意なんか有難くはないんだ)
奏はそっと、立ち尽くしたままの恵美を見遣る。
可哀想に、彼女は夜目にも分かる程の真っ青な顔で、棒立ち状態だ。
躊躇いながら――――しかし、しっかりとした口調で、奏は告げる。
「恵美さん……この方は、あなたには相応しくありませんよ」
「え? 」
「オメガの女体なら――――ましてや、あなたは九条家のお嬢様だ。幾らでも求婚する方はいるでしょう? お兄さんとよくよく相談した方がいいです」
人の心が分からない。分かろうともしない男と一緒になど、成らない方が絶対に幸せになれる。
奏は正嘉に再び視線を戻し、別れの言葉を投げ掛ける。
「正嘉さま。今日は、わざわざ僕の元へ謝罪に来たのかと思って――――一瞬だけですが、嬉しかったです。でも、あなたがこんな残酷な事をする人だと分かって、余計に悲しくなりました。僕は、あなたが先程仰っていたように――――勘違いして、勝手に妄想を膨らませていた馬鹿者ですよ」
幼い頃、ずっと呪文のように繰り返された言葉。
『あなたは、大きくなったら青柳家の次期当主、正嘉さまへ輿入れするのですよ。ですから、キチンとした教養を身に付けて、誰よりも美しくならねばいけませんよ』
その言葉を信じて、本当にそれが現実になる事を夢見てた。
――――なんてバカな、僕。
今までの長い時を思い、自然と眼から涙が溢れた。
「――――僕は、あなたの事を――――運命の番だと思って、ずっと信じていました……」
馬淵栄太を番に選ぶ事へと傾いていたが、それでもやはり、心のどこかに残っていた。
ただ無心に青柳正嘉を信じた、あの日々の憧憬を。
「これで本当にお別れです、正嘉さま」
涙を流す奏に、正嘉は少々驚いた様子で目を見開く。
「どうした? 何故泣く? 」
「……あなたには、分からないでしょうね。せめて、きちんと恵美さんはお家まで送って差し上げてください」
そう呟くと、奏は正嘉の脇を通り過ぎて歩を進めた。
奏の中では、これでもう完全に終わった。
――――その筈だった。
「待て」
「? 」
後ろから腕を掴まれ、奏は不審そうに背後を見遣る。
「まだ、何か? 」
「お前は――オレの運命の番だろう? 無二とない、魂の番の筈だ」
「……」
「現に、先日お前の香りに触れてから…………オレは、どうにもお前が気になってしまっている。本来なら、お前の方からオレの元へ訪ねて来るのを、悠々と待っているつもりだったが――いつになっても来ないので、こうしてわざわざオレの方から足を運んだんだ」
この不遜な言い様に、奏も応酬する。
「どうして、僕がわざわざあなたの元を訪れなければならないのですか? そんな義務はないでしょう」
それは、正嘉にとって本当に意外な言葉だったらしい。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
好きな子が毎日下着の状態を報告してくるのですが正直脈ありでしょうか?〜はいてないとは言われると思いませんでした〜
ざんまい
恋愛
今日の彼女の下着は、ピンク色でした。
ちょっぴり変態で素直になれない卯月蓮華と、
活発で前向き過ぎる水無月紫陽花の鈍感な二人が織りなす全力空回りラブコメディ。
「小説家になろう」にて先行投稿しております。
続きがきになる方は、是非見にきてくれるとありがたいです!
下にURLもありますのでよろしくお願いします!
https://ncode.syosetu.com/n8452gp/
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる