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 正嘉の無情な言葉に、奏は言い淀む。

 愛情を感じられなくて……でも、信じたくて。

 かつての奏がそうであったように、この九条恵美も相当悩んだのだろう。

 そんな不安に揺れる心を、どうして無関係と言い切れるのか?

「――――正嘉さま、恵美さんに謝ってください」

「なに? 」

「あなたは、あまりにも人の心に対して無神経です。第一、幾ら石を投げたのが本当の事とはいえ…………その原因が、あなたにあるという事を一度でも考えましたか? 」

 奏の言葉に、正嘉は心を動かされた様子もなく、冷たく吐き捨てる。

「だからオレは無関係だと言っただろう。お前の名前すら一度も口にしていないのに、勝手にあれこれと、あの女に詮索されて迷惑千万だ」

「迷惑――――」

 ズキリと胸が痛み、奏は表情を曇らせる。

(そうだ、正嘉さまにとっては、僕が過去に青柳邸へ押し掛けた事さえ迷惑だったんだ。この人にとって、人の向ける好意なんか有難くはないんだ)

 奏はそっと、立ち尽くしたままの恵美を見遣る。

 可哀想に、彼女は夜目にも分かる程の真っ青な顔で、棒立ち状態だ。

 躊躇いながら――――しかし、しっかりとした口調で、奏は告げる。

「恵美さん……この方は、あなたには相応しくありませんよ」

「え? 」

「オメガの女体なら――――ましてや、あなたは九条家のお嬢様だ。幾らでも求婚する方はいるでしょう? お兄さんとよくよく相談した方がいいです」

 人の心が分からない。分かろうともしない男と一緒になど、成らない方が絶対に幸せになれる。

 奏は正嘉に再び視線を戻し、別れの言葉を投げ掛ける。

「正嘉さま。今日は、わざわざ僕の元へ謝罪に来たのかと思って――――一瞬だけですが、嬉しかったです。でも、あなたがこんな残酷な事をする人だと分かって、余計に悲しくなりました。僕は、あなたが先程仰っていたように――――勘違いして、勝手に妄想を膨らませていた馬鹿者・・・・・ですよ」

 幼い頃、ずっと呪文のように繰り返された言葉。

『あなたは、大きくなったら青柳家の次期当主、正嘉しょうかさまへ輿入れするのですよ。ですから、キチンとした教養を身に付けて、誰よりも美しくならねばいけませんよ』

 その言葉を信じて、本当にそれが現実になる事を夢見てた。

――――なんてバカな、僕。

今までの長い時を思い、自然と眼から涙が溢れた。

「――――僕は、あなたの事を――――運命の番だと思って、ずっと信じていました……」

 馬淵まぶち栄太えいたを番に選ぶ事へと傾いていたが、それでもやはり、心のどこかに残っていた。

 ただ無心に青柳あおやなぎ正嘉しょうかを信じた、あの日々の憧憬を。

「これで本当にお別れです、正嘉さま」

 涙を流す奏に、正嘉は少々驚いた様子で目を見開く。

「どうした? 何故泣く? 」

「……あなたには、分からないでしょうね。せめて、きちんと恵美さんはお家まで送って差し上げてください」

 そう呟くと、奏は正嘉の脇を通り過ぎて歩を進めた。

 奏の中では、これでもう完全に終わった。

――――その筈だった。

「待て」

「? 」

 後ろから腕を掴まれ、奏は不審そうに背後を見遣る。

「まだ、何か? 」

「お前は――オレの運命の番だろう? 無二とない、魂の番の筈だ」

「……」

「現に、先日お前の香りに触れてから…………オレは、どうにもお前が気になってしまっている。本来なら、お前の方からオレの元へたずねて来るのを、悠々と待っているつもりだったが――いつになっても来ないので、こうしてわざわざオレの方から足を運んだんだ」

 この不遜な言い様に、奏も応酬する。

「どうして、僕がわざわざ・・・・・あなたの元をおとずれなければならないのですか? そんな義務はないでしょう」

 それは、正嘉にとって本当に意外な言葉だったらしい。

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