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奏は、そう決意した。
この5年、幾度も身体を重ねたが、妊娠の兆候は無かった。
これはもう、奏と栄太の相性が合わないのだと諦めていたが――――今、手元には七海から託された試薬がある。
そして、実際に七海はこれを使って結果を出した。
ならば尚更、まだ年若い奏には充分に可能性がある。
(――――この僕が……家族にずっと恵まれなかったこの僕が、今度こそ本物の家族を手に入れる事が出来るかもしれない。七海先輩、ありがとうございます。僕も頑張ってみます)
奏は希望に胸を躍らせ、その夜は、温かい未来を夢見た。
◇
「……遅いな? 」
チラリと時計を確認し、奏は首を傾げる。
もう、時計の針は17時を過ぎている。
15時には迎えに来ると言っていたのに、栄太はまだマンションに現れていない。
先程注射した薬の効果は24時間なので、時間はまだ余裕あるが――――気が急いてしまい、どうにも落ち着かない。
一応何度か連絡を入れてみたが、通話中で通じない上に返信もない。
今までは、折を見て、短くても返信くらいはかえして来たのに。
「どうしたんだろう……」
3日分のお泊りセットを用意して、奏はずっとソファーで待機していたが…………なんだか段々不安になって来て、立ったり座ったりを繰り返す。
そうしている内に、彼は外に出て少し待ってみようかと思い立った。
(うん、それがいい。栄太さん、案外近くまで来ていたりするかもしれないし。電話に出ないのは、もしかしたら運転中だからなのかもしれないじゃないか)
奏はバックを持って、いそいそと自宅マンションを後にする。
マンションの前は、細い一方通行の道路が通っている。
東方向の車線から入ってここへ迎えに来るなら、ぐるりと大道路を渡ってからの左折をする筈だ。
それならば、少し手前で待っていればすぐに乗車出来る。
少しずつ不安になって来る気持ちを誤魔化そうと、奏はわざと大きな声で独り言を口にした。
「あーあ! 恋人を待たせるなんて、栄太さんったらダメな人だなぁ。来たら絶対に注意しなきゃ! 」
すると、
「――――ほぉ? それは本当に恋人失格だな」
「っ!? 」
思わぬ方向から返って来た相槌に、奏はギョッとする。
慌てて周囲へ視線を払い、誰何の声を上げた。
「だ、誰っ!? 」
「おや? 運命の相手に対して、それは随分と他人行儀なセリフだな」
その顔を確認し、奏は呆然と口を開いた。
黒曜石のように輝く漆黒の瞳。黒々とした、烏の濡れ羽色の髪。
白皙の面に、スッと通った鼻筋。形のいい唇。堂々とした体躯。
落ち着いた、耳によく響く麗しい美声…………。
間違いようのない、完璧な容姿をしたアルファの中のアルファと言われる男。
「し……正嘉さま? どうして…………? 」
すると、正嘉は奏のリアクションを見てクスクスと笑った。
「何だ、その顔は? 鳩が豆鉄砲を食ったようだぞ。ハハハ、そんなに驚いたか? 」
「正嘉さま――」
それが、思わず少年のような笑みだったので、奏は毒気を抜かれたような顔になった。
しかし、本当に意外だ。
彼の方から、また再び現れるとは。これは青天の霹靂と言っていいだろう。
プライドの高いアルファが、一度拒絶された相手の元を再び訪れるなど、聞いた事がない。
「どうして、あなたがここへ? 」
「――――そんなに不思議か? 」
「わざわざ僕に会いに来た……訳ではないのでしょう? 何か目的でもあるのですか? 」
この5年、幾度も身体を重ねたが、妊娠の兆候は無かった。
これはもう、奏と栄太の相性が合わないのだと諦めていたが――――今、手元には七海から託された試薬がある。
そして、実際に七海はこれを使って結果を出した。
ならば尚更、まだ年若い奏には充分に可能性がある。
(――――この僕が……家族にずっと恵まれなかったこの僕が、今度こそ本物の家族を手に入れる事が出来るかもしれない。七海先輩、ありがとうございます。僕も頑張ってみます)
奏は希望に胸を躍らせ、その夜は、温かい未来を夢見た。
◇
「……遅いな? 」
チラリと時計を確認し、奏は首を傾げる。
もう、時計の針は17時を過ぎている。
15時には迎えに来ると言っていたのに、栄太はまだマンションに現れていない。
先程注射した薬の効果は24時間なので、時間はまだ余裕あるが――――気が急いてしまい、どうにも落ち着かない。
一応何度か連絡を入れてみたが、通話中で通じない上に返信もない。
今までは、折を見て、短くても返信くらいはかえして来たのに。
「どうしたんだろう……」
3日分のお泊りセットを用意して、奏はずっとソファーで待機していたが…………なんだか段々不安になって来て、立ったり座ったりを繰り返す。
そうしている内に、彼は外に出て少し待ってみようかと思い立った。
(うん、それがいい。栄太さん、案外近くまで来ていたりするかもしれないし。電話に出ないのは、もしかしたら運転中だからなのかもしれないじゃないか)
奏はバックを持って、いそいそと自宅マンションを後にする。
マンションの前は、細い一方通行の道路が通っている。
東方向の車線から入ってここへ迎えに来るなら、ぐるりと大道路を渡ってからの左折をする筈だ。
それならば、少し手前で待っていればすぐに乗車出来る。
少しずつ不安になって来る気持ちを誤魔化そうと、奏はわざと大きな声で独り言を口にした。
「あーあ! 恋人を待たせるなんて、栄太さんったらダメな人だなぁ。来たら絶対に注意しなきゃ! 」
すると、
「――――ほぉ? それは本当に恋人失格だな」
「っ!? 」
思わぬ方向から返って来た相槌に、奏はギョッとする。
慌てて周囲へ視線を払い、誰何の声を上げた。
「だ、誰っ!? 」
「おや? 運命の相手に対して、それは随分と他人行儀なセリフだな」
その顔を確認し、奏は呆然と口を開いた。
黒曜石のように輝く漆黒の瞳。黒々とした、烏の濡れ羽色の髪。
白皙の面に、スッと通った鼻筋。形のいい唇。堂々とした体躯。
落ち着いた、耳によく響く麗しい美声…………。
間違いようのない、完璧な容姿をしたアルファの中のアルファと言われる男。
「し……正嘉さま? どうして…………? 」
すると、正嘉は奏のリアクションを見てクスクスと笑った。
「何だ、その顔は? 鳩が豆鉄砲を食ったようだぞ。ハハハ、そんなに驚いたか? 」
「正嘉さま――」
それが、思わず少年のような笑みだったので、奏は毒気を抜かれたような顔になった。
しかし、本当に意外だ。
彼の方から、また再び現れるとは。これは青天の霹靂と言っていいだろう。
プライドの高いアルファが、一度拒絶された相手の元を再び訪れるなど、聞いた事がない。
「どうして、あなたがここへ? 」
「――――そんなに不思議か? 」
「わざわざ僕に会いに来た……訳ではないのでしょう? 何か目的でもあるのですか? 」
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