インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 七海の指摘に、奏は「あ……」と、声を漏らした。

 その指摘は、正しいと思ったからだ。

 今や、深刻な社会問題となっている人口減少。そして、後継者不足に悩む各家。

 そこに目を付けた犯罪集団が人身売買に手を出し、検挙されるのは枚挙まいきょいとまがない。しかも、明るみに出るのは本当に氷山の一角だ。

 この手の犯罪は、後を絶たないでいる。

 だから、高い確率で子を授かる事の出来るオメガの女性は、カーストではベータの下に置かれてはいるが、何だかんだ言っても重宝されて大切にされているのだ。

 しかしそこに、ベータの男性へ着床を促す、強力な薬が出回ったら?



――――ベータの男性への扱いは改善されるどころではなく、より酷いものになる可能性がある。



 首輪を付けられ閉じ込められ、牛や豚と同等の生産動物として扱われるかもしれない。

 そうして発情期の度に、試験管で保存されている精液を後孔へ突っ込まれるのだ。

 胸の悪くなるような話だが、実際にこれに近い犯罪が起こっているのは事実だ。

 七海の作った試薬ブースターはとてもいい薬の筈だが、その犯罪に使われる可能性がやはり無視できない。

 第一、今現在最下層に置かれているオメガ男体に、そうそう公平な人権など何処の誰も認めはしないだろう。

 人間とは、無意識に自分より下の存在を作り出しては、優越感に浸り心の平常を保とうとする本能がある。

 醜いし汚いが、それが人間というものだ。

「……だから、奏が手掛けている新薬こそが、これからのオメガの未来を拓く筈なんだ。オレの、この試薬じゃなくてね」

 差別の元になっているのは、やはり『発情』が根本にある。

 オメガを苦しめる、自我が崩壊したかと思うほどの乱れようが――――ベータやアルファから見たら、卑しい淫獣に映るのだろう。

 そしてまた、オメガは発情期の度にどうしても通常の生活から隔離しなければならず、それが一層の苦しみと差別を生んでいる。

 それを回避する為に、七海もずっと研究を続けていた。

 今現在使用されている発情抑制剤は強い副作用があるが、免疫薬ならば副作用は無い。

 従来身体に備わっている物質を使うのだから、安全は間違いなく保障できる。

 七海は眠りに就くまでずっと研究していたが、それを引き継いでくれた奏は、更にブラッシュアップした新薬を開発してくれた。

 七海は、本当にそれが嬉しい。

「まだまだデータが足りないが、No.5―3の経過は順調そうだ。厚生省の許可も早く降りるようにオレからも掛け合ってみるよ。臨床データを早急に集めて、上手く行くと3年後には…………」

 そこで、七海は言葉を切った。

 どう考えても、例えどんな奇跡が起こっても、七海はそこまで生きてはいない。

「な……七海、先輩…………」

 ポロポロと涙を零す奏を見上げながら、七海は困ったように微笑んだ。

   ◇

 研究所へ七海を迎えに来た九条へ、奏は問い掛けた。

「――先輩と番に、なったんですね。息子さんは何か仰ってませんか? 」

「采か……あいつは、今は恵美の方の仕事を手伝ってもらっている。だから、今あの広い屋敷には私と七海の2人きりだよ」

 フフっと柔らかく笑い、九条は言う。

「おかげで、この歳になってようやく蜜月を過ごさせてもらっている。二十代の頃に戻った気分で、とても楽しいよ」

「――――でも、七海先輩の身体は……」

 言いかけた奏へ、九条は少し寂しそうに微笑んだ。

「それが、七海の望みだからね。私は下らない詮索をして、何年も棒に振ってしまった。だから、これからの毎日を彼と一緒に過ごしたいと思っている」

「理事長…………」

「それにね、私も楽しみなんだよ。私達の果てない夢だった愛の結晶が、形となって現れるのが」

「そう――ですか……」

「ああ。毎日顔を合わせ食事をして、車椅子の七海を連れて庭を散歩するんだ。私はそれだけでも幸せだ。子供は……無事に育つかどうかは天に任せようと思う……」

 七海にプレッシャーを掛けたくない。

 ただ、幸せな夢を見ながら送ってやりたい――――。

 九条の言葉に、奏は涙を堪えながら口を開いた。

「――――全身全霊で、僕は七海先輩のサポートを最期の一瞬までします。必ず、あなた達の夢を叶えてみせます。それが、僕の……恩返しですから」

 絞り出すような声で語られた奏の誓約に、九条は目を細める。


「君は、とても……いい子だな」


 そう、七海と同じ事を言い、九条はそっと微笑んだ。



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