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 栄太は確かに、奏の他に囲った、オメガの女との間に子を設けた。

 だが、当初の予定が狂い親権を取る事は叶わなかった。

 つまり、馬淵家を継ぐ条件だった筈の、後継者を作るには至らなかったという事にもなる。

――――お前に子を持たせてやりたかった。肩身の狭い思いをさせたくなかった。

 栄太は無念そうに言い、奏に何度も謝ったが…………では、栄太は馬淵の当主になる事は諦めて、義理の兄弟へその座を明け渡す事にしたのだろうか?

(そ、そうだよ。確か言ってたじゃないか。栄太さんは、馬淵の家を出てもいいと思っているって)

 急に不安になったが、ここは栄太を信じるべきだろう。

 下手に疑うべきではない。

 そう自分を説得すると、奏は顔を上げて言葉を発しようとするが、

「オモイアタル、フシガ、アルンダネ。ソレハ、ムシシテハダメ」

 七海は険しい表情のまま、ボードに目線を当てる。

「イイコトヲシンジタイ。ソレハ、ワカル。デモ、ソレナラ、ショウカサマノ、トキハ、ドウダッタ」

「しょ、正嘉さまの時は――――」

 奏は、色々な矛盾や都合の悪いことは全部蓋をして、ただ一途に信じていた。

――――いつか大人になった正嘉さまが迎えに来てくれる。

 愛していると言って、今まで辛い思いをさせて悪かったと言って、ギュッと抱き締めてくれる。

 どんなに電話や手紙を書いても、両親も兄弟からも一切連絡が返ってこないのは、それは彼等がとても忙しいから。直接青柳の家へ手紙を投函しても、何の手応えも無いのは……何かの手違いで手紙が止まっているから。

 でも『魂の番』なのだから、僕達は必ず通じ合っている筈。

 最後は必ず添い遂げて、幸せな日々が来る運命なのだ。

 破綻している全ての現状から目を背けて――――奏は長い間、そんな夢を見ていた。

「カナデ、イイコトバカリシンジタイ、ワルイクセ。モット、ヨク、カンガエテ」

 七海は、奏の良い面も悪い面も知っている。

 好きになった人物に対しては、どんなに黒い部分も見えなくなってしまうという欠点も。

「モット、レイセイニナレ。アイツ、オレハ、キライ」

「七海先輩……」

 動揺しながら、奏はその名を呟く。

 七海は、奏を最も信頼し、大切に可愛がってくれた恩人でもある。

 その人の言う事を真っ向から否定する訳にもいかず、何と言ったらいいのか…………。

 戸惑いながら、奏は「それなら――」と言葉を紡ぐ。

「――――七海先輩は、ヤン助教を憎んでいないと言いますが、僕はどうしてもあの人を許せません。包帯だらけになってベッドに横たわる先輩を見た時に、僕は必ず、犯人にこの報いを受けさせてやると誓いました。今のこの状況は……先輩が馬淵さんを許せないと言うように、僕もヤン助教を許せないのと同じではないですか? 」

「――」

 奏の反論に、七海はしばし無言になる。

…………確かに、奏の言う事にも一理ある。

 今のこの状況は、理屈ではなく感情論が先行して、互いに言い合いをしているようなものか?

(それに何より、4年前と違い今の奏はベータである馬淵の方に気持ちがあるようだ。あれから時が経っているのは事実だ。何かしら気持ちが変化する、重大な切っ掛けがあったんだろう)

 そう判断し、七海は微かに苦笑した。

「ワカッタ。カナデ――」

「はい? 」

「ホントウニ、シアワセ? 」

 心配するようにこちらを見上げる七海に、奏はニッコリと笑った。

「……はい。仰る通りに色々と心配事があるのは本当ですが――――七海先輩が僕の事を真剣に考えてくれる心遣いは嬉しいですが、僕は彼を信じようと思います。それに……彼を……あ、愛していますから………………」

 耳まで真っ赤になりながら――――でも、奏はハッキリとそう言った。

 その様子を見ながら、七海は一先ひとまず、ここは自分が引くべきかと嘆息する。

 とにかく、今は自分の身体を元通りに動かせるようにするのが至上命題だ。

 そうでなければ、この可愛い後輩も守ってやれないし、自分の身も守れない。

 馬淵栄太に関しては、必ずこの目でその為人ひととなりを確認しなければ。

(だが……動けるようになったとしても、果たしていつまで生きられるか……)

 度重なる投薬実験を己の身体で繰り返した為に、とっくに身体の中身はボロボロの筈だ。

 今のこの身体は、見てくれだけのハリボテのようなものだ。

 4年前、暴漢に襲われ意識不明の眠りに就くまで、その事実はずっと隠していたが――。

「カナデ――オレノカラダ、シッテル? 」

 七海の問い掛けに、奏の顔はクシャリと歪んだ。

「ソウ、カ……」

 こうして長きに渡って、無抵抗に眠った状態で診療を受けていたのだ。

 何処がどれくらい傷付き、そして取り返しがつかない状態なのかは、既に周知の事実なのだろう。



「七海先輩は………………長くても、あと5年です……」



 悔しそうに震える奏の声に、七海は静かに瞳を閉じた。




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