上 下
112 / 240
28

28-5

しおりを挟む
 すると、七海は直ぐにある変化・・・に気付いた。

「クビ」

「あ……」

 奏はハッとして、ポッと頬を染める。その様子に、七海の顔はほころんだ。

「ショウカサマ、ト、ヤットツガイニナレタンダネ」

「えっ」

「イツモ、イッテタ。ショウカサマ、ショウカサマ、ッテ」

 奏の首には痛々しい傷跡があり、七海はいつもそれをあわれに思っていたが、今は新しく出来た噛み痕の方が目立っている。

 それは、まごう事なき番いの印だ。

「オメデトウ、カナデ。アイツトハ、ワカレタンダネ」

「あいつ――? 」

「マブチ。アイツ、ゼッタイニ、ユルサナイ」

「あ……」

 奏は、この4年近くの間に起こった変化を、どう説明したらいいのか戸惑った。

 5年前、馬淵によって酷い目に遭わされ、路上で動けなくなっていた奏を助けに駆け付けてくれたのは、この七海だ。七海は、それからずっと馬淵を誤解して嫌ったままなのだ。

 大切な後輩を酷い目に遭わせた、あくどいベータの成金男……七海の認識は、そこで止まっている。

「ヨウヤク、カナデノオモイガツウジタンダ。ヨカッタ」

「あ、あの――これは……」

 奏は言い淀みながら、真実を口にする。

「これは、正嘉さまではありません、馬淵栄太さんの噛み痕です。僕は……栄太さんと番いになったんです……」

 その告白に、七海は驚愕した。

 信じられないと目を見張り、まだ不自由な声帯を直に震わせる。

「――そ、ん、な――ばか、なっ! かな、で、は……あいつに、ひどい目――――」

 青ざめ震えながら、ひどい出血で貧血になって動けなくなっていた奏。

 その原因である馬淵と、どうして番に!? 

 七海は、訳が分からず混乱した。

「だ、ま……さぇて――い――」

 七海はゴホッと咳をして、ボードへ視線を当てる。

「カナデ、ダマサレテイル。オドサレタ? アンナニ、イヤナコト、アッタノニ」

「それは――色々な誤解があったんです。本当は、栄太さんは僕の事をとても心配していていたんですけど、僕の態度が悪くて――つ、つまり、僕がかたくなに栄太さんの真意を聞こうとしなかったから、だから、お互いに誤解したままになってしまって! 」

 散々な初体験であったのは確かだ。

 栄太に罵倒され、冷たくあしらわれて(本当は、あの時の栄太はパニックになってしまい、どうしたらいいのか分からずに癇癪を起す子供のようになっていたのだが)兎にも角にも貧血で動けなくなった奏は、助けを求めて七海に縋った。

 しかし、あの時の奏が、もっと素直であったなら。

『初めてなので優しくしてください』

 そう、一言でも口にしていたら。

 最初から身構えないで、心を開いて栄太を迎え入れていたなら……結果は違った筈だった。

 あれから5年もの間、誤解して栄太を憎むことなく愛していたかもしれない。

「今の僕は――栄太さんと番えて幸せです。本当です」

 だが、やはり七海は納得できないらしく、険しい表情になった。

「ベータハ、アルファニ、コンプレックスヲモッテイル。カナデガ、アルファニ、オモイヲヨセテイルカラ、タイコウシンガ、ワイタンダ」

「そんな、対抗心なんて……」

 奏は、その言葉に戸惑う。

 確かに栄太は、アルファに対して並々ならぬ憎悪を抱いている。

 その事は、奏も聞いていたので知っている。

 馬淵家の義理の兄弟がアルファである事。そして義理の父もアルファであり、エリート気質の彼等から相当なプレッシャーと耐え難い屈辱を味わわされた事。

 それらを撥ね返す為に、如何に栄太が馬淵家の中で努力したか――――。

 そして、家を継ぐには後継者を用意しろと注文を付けられ、栄太はオメガを囲う事になって…………。

 そこで、奏はふと不安になった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...