111 / 240
28
28-4
しおりを挟む
「だ、だからと言って、あなたの罪が帳消しになると思っているんですか!? 僕は――僕はっ! 七海先輩が包帯だらけになってベッドで機器に繋がれている状態を見た時は、胸が潰れる程ショックだったんだ! 本当はあなたが犯人だったのに、僕はそれを知らずに仲間と一緒に悲しみに暮れて――――七海先輩の友人だと思っていたのに、バカみたいにあなたに縋って! 」
何も知らずに自分を慕っていた筈の奏が、ここのところ刺す様な視線を送るようになっていたので、ヤンは「ああ、やはり君は知っていたんですね」と息を吐いた。
「……そうです。私は、自分の邪な感情に負けて、人を使って七海に暴行してしまいました。それなのに、あなた方は純粋に私を慕ってきて――――それがずっと、私は心苦しかったです。私は、薄汚いユダです……! 」
そう言うと、ヤンは力なく項垂れた。
「……証拠の映像は、九条が保管しています。それを以って、警察へ私を突き出してください……」
その悄然とした様子に、奏は何と言っていいのか分からず、九条へ視線を向けた。
だが、その九条もまた、ヤンに対しどうリアクションをすればいいのか分からず途方に暮れる。
恋する七海を傷付けた、許せない相手の筈だが――――その凶行に及んだ理由が己に起因している事を知っているだけに、九条はヤンを芯から憎めないでいるのだ。
「ヤン――私は……君の気持は分かっているが――――」
次の言葉が見付からず、戸惑う九条。
だが、奏はやはり納得できない。
大好きな七海を傷付け、こんな状態にするなんて――――。
「僕は、あなたを許せません! 七海先輩を傷付け、僕達を欺いた罪は償ってもらいます。それでいいですよね、理事長? 」
「――」
「あなたも、長きに渡って僕達に親子共々犯人扱いされて迷惑だったハズです。このヤン助教が諸悪の根源なんですよ? 絶対に、許せない筈でしょう!? 」
「私は……」
だが、激高する奏を宥めたのは、意外にも七海本人だった。
「――カナデハ、ジュンスイダナ。ダケド、リクツダケジャナイ、ヒトニハ、ドウニモナラナイカンジョウガアルンダヨ」
「な――七海先輩……」
こんな目に遭わされて、悔しくないの?
そう強く思い、ここはヤンを糾弾するのが筋だと説得しそうになるが――。
「カナデハ、ナットクデキナイカ。デモ、オレハ――ヤンヲ、ニクンデナイ」
「そ、そんな! 」
何とか言ってくれと、奏は九条を振り返るが……その九条もまた言うべき言葉が見付からず、ただ困惑するしかない。
今、この病室の中で、怒りに燃えているのは奏だけだった。
その事に、誰よりも奏が驚愕する。
(ど、どうして!? 七海先輩も理事長も本当に悔しくないの? 憎くないの? どうして、誰も怒らないの!? )
奏だけが、どうにもならない感情に振り回されて、自然と涙が零れた。
「僕は……本当に、本当に苦しくて怖くて――な、七海先輩が、ずっとこのままだったら……もう、誰を頼ればいいのか……それを考えると、眠れないくらいに悩んで……僕、僕はっ」
「――奏くん……」
九条が何か言い掛けるが、それより先に合成された『声』の方が早かった。
「クジョウ、ヤン。カナデト、フタリダケニシテクレナイカ」
七海の頼みに戸惑うが、今は従うべきだろう。第一、奏に何と声を掛ければいいのかも九条は分からないのだから。
「――――分かった。ヤン、行こう」
九条はそう呟き、項垂れたままのヤンを促す。
その後ろに付き従うように、看護師と医師も揃って退室した。
そうして二人きりになった所で、七海は奏を手招く。
――とはいっても、指を微かに動かしてジェスチャーをするのが、今は精一杯だったが。
「カナデ、チカクニキテ」
「はい」
「カオ、ミセテ。アイカワラズ、ナキムシ」
「七海先輩……」
七海の言葉が嬉しくて、奏は瞳を潤ませたままグッと顔を寄せる。
何も知らずに自分を慕っていた筈の奏が、ここのところ刺す様な視線を送るようになっていたので、ヤンは「ああ、やはり君は知っていたんですね」と息を吐いた。
「……そうです。私は、自分の邪な感情に負けて、人を使って七海に暴行してしまいました。それなのに、あなた方は純粋に私を慕ってきて――――それがずっと、私は心苦しかったです。私は、薄汚いユダです……! 」
そう言うと、ヤンは力なく項垂れた。
「……証拠の映像は、九条が保管しています。それを以って、警察へ私を突き出してください……」
その悄然とした様子に、奏は何と言っていいのか分からず、九条へ視線を向けた。
だが、その九条もまた、ヤンに対しどうリアクションをすればいいのか分からず途方に暮れる。
恋する七海を傷付けた、許せない相手の筈だが――――その凶行に及んだ理由が己に起因している事を知っているだけに、九条はヤンを芯から憎めないでいるのだ。
「ヤン――私は……君の気持は分かっているが――――」
次の言葉が見付からず、戸惑う九条。
だが、奏はやはり納得できない。
大好きな七海を傷付け、こんな状態にするなんて――――。
「僕は、あなたを許せません! 七海先輩を傷付け、僕達を欺いた罪は償ってもらいます。それでいいですよね、理事長? 」
「――」
「あなたも、長きに渡って僕達に親子共々犯人扱いされて迷惑だったハズです。このヤン助教が諸悪の根源なんですよ? 絶対に、許せない筈でしょう!? 」
「私は……」
だが、激高する奏を宥めたのは、意外にも七海本人だった。
「――カナデハ、ジュンスイダナ。ダケド、リクツダケジャナイ、ヒトニハ、ドウニモナラナイカンジョウガアルンダヨ」
「な――七海先輩……」
こんな目に遭わされて、悔しくないの?
そう強く思い、ここはヤンを糾弾するのが筋だと説得しそうになるが――。
「カナデハ、ナットクデキナイカ。デモ、オレハ――ヤンヲ、ニクンデナイ」
「そ、そんな! 」
何とか言ってくれと、奏は九条を振り返るが……その九条もまた言うべき言葉が見付からず、ただ困惑するしかない。
今、この病室の中で、怒りに燃えているのは奏だけだった。
その事に、誰よりも奏が驚愕する。
(ど、どうして!? 七海先輩も理事長も本当に悔しくないの? 憎くないの? どうして、誰も怒らないの!? )
奏だけが、どうにもならない感情に振り回されて、自然と涙が零れた。
「僕は……本当に、本当に苦しくて怖くて――な、七海先輩が、ずっとこのままだったら……もう、誰を頼ればいいのか……それを考えると、眠れないくらいに悩んで……僕、僕はっ」
「――奏くん……」
九条が何か言い掛けるが、それより先に合成された『声』の方が早かった。
「クジョウ、ヤン。カナデト、フタリダケニシテクレナイカ」
七海の頼みに戸惑うが、今は従うべきだろう。第一、奏に何と声を掛ければいいのかも九条は分からないのだから。
「――――分かった。ヤン、行こう」
九条はそう呟き、項垂れたままのヤンを促す。
その後ろに付き従うように、看護師と医師も揃って退室した。
そうして二人きりになった所で、七海は奏を手招く。
――とはいっても、指を微かに動かしてジェスチャーをするのが、今は精一杯だったが。
「カナデ、チカクニキテ」
「はい」
「カオ、ミセテ。アイカワラズ、ナキムシ」
「七海先輩……」
七海の言葉が嬉しくて、奏は瞳を潤ませたままグッと顔を寄せる。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる