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「――――怒ってないか? 」

「え? 」

「いや……自分でも、マンションを買ったのは――ちょっと強引だったかなと反省していたんだ。業者も、お前の様子は…………」
ゴホンと咳払いしながら、ポツリと言う。

「……どうもイマイチ、嬉しいようではなかったと報告して来たし」

 栄太の言葉に、奏は苦笑を返した。

 そして、少しだけ頬を膨らませて抗議をする。

「そうですね! 急に引っ越し業者から『本日作業に入りますが何時に伺いますか? 』なんて連絡が研究所へ来たから、本当に困りましたよ。栄太さんは、ちょっと我が儘なんじゃないですか? 」

「…………すまん」

 肩を落として謝罪する栄太を横目に、奏はフフっと微笑む。

「……でも、僕の事をそれだけ真剣に考えて、心配してくれたんでしょう? だったらしょうがない、許しますよ」

 そう言いながら、奏は少しだけ甘えるように、グラス同士をカチンと触れさせる。

 すると、栄太は『おっ』と目を見開いた。

   ◇

 ここは、先週とはまた場所を変えて、落ち着いた雰囲気のイタリアンである。

 気取らない隠れ家的なトラットリアの、ひっそりとした個室で、2人は穏やかに食事を楽しんでいた。

……先週は、どこかギクシャクとしていた空気が、今日はとても穏やかだ。

 その事に、栄太は少し戸惑う。

「――――何か、良い事でもあったのか? 」

「え? 」

「マンションの件で機嫌がいい訳ではないんだろう? 」

「……」

「先週は、何だかビクビクしていたようだったが……今日は、随分と雰囲気が明るいぞ」

 栄太の疑問に、奏は苦笑を返す。

 先週は、確かに緊張してギクシャクしていた。

 いつ、栄太の口から『番になってほしい』という言葉が飛び出してくるのか?

 それとも、栄太はそんな事まで考えてはくれていないのか?

 奏は、真剣に付き合う以上は番になるのが当たり前だと信じていたのだが、それは、奏の独り善がりな考えに過ぎないのだろうか?

 栄太には、奏以外の愛人が、今も他所にいるのか? 

 そして子供は? 

――――挙句に、研究員を辞めろやめないで軽いイザコザもあった。

 奏がアパートを同僚とシェアしていると聞くと、栄太は、早急にマンションを用意するから直ぐに部屋を引き払えと言い出し、それでもまた揉めた。

 せっかくの二度目のデートであったのに、散々だった。

 奏はかなり緊張してしまい、正直に言うと全く楽しくなかった。

 しかし、今日は…………。

「ふふふ……」

 小さく笑い、奏はグラスに口を付ける。

 今日は、先週と違い、色々な情報を仕入れている。

――――まず、一つは……。

「奏……オレはお前に、謝らないといけない事がある」

「え? 」

 顔を上げると、栄太が真剣な顔で見返してきた。

 そうして彼は、無念そうな表情になって口を開く。

「……本当は、お前に子供を持たせてやりたかったんだ。一歳になったばかりだから、丁度いいと思っていたんだが――母親愛人が、最後まで離してくれなかった……すまない……」

 ああ、やっぱりだ。

 予想通り、あなたはそんな事を考えていたんですね。

 奏はそう思うと、またニッコリと微笑んだ。

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