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「何がなんでも、今でなければならないような深刻なお話ではないのでしょう? 」

 震え出しそうな声を堪え、可能な限り冷たい声でそう告げる。

 そして正嘉を睨みながら、出来るだけ冷淡に口を開く。

「僕はこれでも、忙しい身なんです。あなたのような優雅な身分の高貴な方・・・・・・・・・・・には、研究に情熱を捧げる、この僕の気持ちは分からないでしょうけどね」

「研究? ああ、お前が取材を受けている映像ならテレビでチラッと観た。その世界じゃ結構なホープらしいな、お前は」

「――――それが何か? 」

 冷たく問い返すと、正嘉はまた戸惑いの表情を見せた。

 きっと彼は、これまでのように、奏の方から擦り寄って来ると思い込んでいたのだろう。

 瞳を輝かせ、頬を染めて、嬉しさと喜びに満ちた表情で。

――――だが奏は、もう以前の奏ではない。

 彼の喉には、消えない惨い傷が刻まれている。

 それと同様に、決して消えない傷が、心にも刻まれているのだ。

 暗に『お坊ちゃまは人の都合も考えない常識知らずだ』と匂わせて、吐き捨てる。

「……面会を申し込むなら、最低限のマナーは守ってください。取材等の申し込みなら事務局へどうぞ」

「オレは別に、お前の研究には興味はない」

「なら、僕にはもう話す事はありません。失礼します」

 そう吐き捨て、今度こそ奏はマンションへ消えた。

 正嘉はしばらく茫然と立ち尽くしていたが、秘書が恐るおそる近寄ってきたことで、ハッと我に返った。

 これまで、彼の事をこんな風に扱い、迷惑そうに去って行った者はいない。

 いつだって正嘉は主役で、誰もが彼の周りに集まって来た。

 露骨なほどに媚びを売る女。

 へりくだりながら必要以上に持ち上げようとして来る男。

 何とか正嘉の歓心を得ようと誰も彼もが競い合い、面白いように皆が躍起になった。

 そんな者達に囲まれ、ずっと王のように生きて来た。

 その正嘉を、運命である筈の番は、何と冷たくなしたのだ。

 正嘉にとっては、まさに青天の霹靂である。

 無言のまま立ち尽くす正嘉に、遠慮がちに秘書が声を掛ける。

「如何いたしました? 先程の人物が、何か無礼な事でも? 」

「いや……」

 少しの沈黙の後、正嘉は踵を返すと、停めていた車へと歩み出した。

 能面のような顔の主人をチラリと見ると、秘書はマンションを気にしながら声を掛ける。

「――先程の方に、御用があったのでは? 」

「まぁな」

「あの――僭越ですが、私の方で面会の手続きを致しましょうか? 」

 盗み聞きするつもりはなかったが、二人の会話はこの秘書まで聞こえてきた。

 どうやら、あの小柄な青年は大変疲れていたので、本来なら歓迎すべき筈の正嘉の訪問を受け付けなかったらしい。

――――まさか、この、アルファの中のアルファと讃えられている正嘉を、迷惑だと拒む人物がいるとは思わなかったが。

 しかし何はともあれ、それならば秘書の出番だ。

 然るべき場所へ面会の申し入れをして、後日改めて二人が会うようセッティングすればいい。

(確か、事務局と言っていたな……)

 そこまで考えて、秘書は正嘉ヘ訊ねた。

「私は何も知らないまま、正嘉さまの指示でここまで車を走行させましたが――先程のお方のお名前を、教えて下さいませんか? 」

「知ってどうする? 」

(えっ? )

 正嘉の返しに戸惑いはしたが、秘書は咳払いをしてから答える。

「――それは勿論、改めて……どこか然るべき場所を御用意して、面会――」

「フン……そんな事はしなくてもいい。それより、あいつの周辺を洗ってほしい」

「は? 」

「近頃、うるさいハエが纏わりついていた。大方九条家の手配した関係筋だと思って放っておいたが――――」

「ああ、恵美さまですね。確かに、九条家としては大切な一人娘ですから……今回は、正嘉さまも慎重になさ――」

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