インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 栄太は、奏との間に子を設ける事は将来的に難しいと考えて(現に、この5年の間に奏に妊娠の兆候は無かった)それで愛人との間に生まれた子供の親権を奪還したかったようだが――――どうやら、それを最終的に断念したらしい。

 九条が調べ、密かにその顛末を奏に教えてくれた。

『アンタがこれ以上争うつもりなら、アンタが番いたいと思っている男オメガも巻き込んで、アタシ達は新たに裁判を起こすわよ』

 栄太は、愛人達にそう通告され、とうとう親権を諦めたらしい。

 ある意味、奏の事を心配して……それで栄太は手を引いた事になるようだ。

 それは少し間違っている気もするし、ちょっと歪んでいる気もするが――――とにかく栄太は、一番に奏を優先してくれたわけだ。

 九条からそれを聞いた時は、実際、色々な感情が湧いて来たが……やはり正直に言うと、奏は『嬉しい』が一番だった。

 だって、これまで、奏の事を一番に優先して考えてくれる人なんて、本当に誰もいなかったのだから。


…………しかしこの事の経過は、まだ栄太の口からは聞いていない。


 奏が考えるに、彼はサプライズとして『子供』の居る温かい家庭を用意して、そこに奏を迎え入れようとしていたのではないだろうかと思う。

 奏の、これまでの実家との確執を知っている栄太は、どうにかして『温かい家庭』を奏へプレゼントしたくて最後まで粘っていたんだろう。

 奏は、そう直感している。

 子供がいないという事は、やはりオメガにとっては肩身の狭い思いを味わう事が非常に多い。世間は、石女うまずめのオメガに対しては特に冷淡だ。

――――故に、子供がいない事で、奏がそんな目に遭わないようにと栄太は考えたのではなかろうか?

 しかし、くだんの愛人に『奏も巻き込む』と凄まれて、それを諦めたのだろう。
そういう展開が、奏には手に取るように分かった。

「……栄太さんって、形から入ろうとする所があるって最近気付きました。だから今は、彼の思考回路が分かる気がするんです」

 電話越しに語られた九条の報告に、奏は苦笑しながらそう答えた。

 この前は一方的にマンションに越せと告げられて、反発してしまったけど…………今なら、分かる。

 栄太は、奏の身を純粋に心配していたのだ。

 だから、彼は言いたかったのだ。

 ルームシェアなんて直ぐに解消してほしい。

 金で苦労はさせないから、働かないで家に居てほしい。

 苦労とは無縁の生活を約束するから、今すぐ近くに来てほしい。

 暖かい家庭を、二人で作って行こう。


(栄太さん――――あなたって、本当に不器用な人なんですね……)


 栄太は毎日電話をしてくるが、弱音は決して口にしない。

 裁判で相当疲弊していただろうに、いつも強気だ。

 奏には多くを語らず、とにかく何も心配しなくていいからと――――それだを繰り返していた。

…………きっと彼は、古いタイプの『日本男児』なんだろう。

 愛している人には、決して危険な目に遭ってほしくない。

 辛い思いもさせたくない。

 だから決して表には出ないで、安全安心な自分のテリトリーで、ぬくぬくとして幸せに包まれて暮らしていて欲しい。

 そんな考え、今の時代の風潮には沿わないが――――それが彼の個性なのだろう。

 幾度も身体を重ね、ようやく最近になって心も重ねられるようになってきたからこそ分かる、確かな感覚だ。

 先週は少し気不味いまま別れてしまったが、次に会う時は、笑顔で栄太と顔を合わせる事が出来る。

 今回の騒動で……逆に、彼の心根が分かった気がするから。

 九条は電話越しに、今回の妹の件をひたすら奏へ謝ってきたが……心に余裕のある奏は、それも苦笑一つで遣り過ごすだけの余裕が生まれていた。

「僕の方はいいです。理事長は、妹さんを宥めてやってください」

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