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恵美は会場に、噂の青柳正嘉の姿を見つけた瞬間にそれを理解した。
――――私は、そこら辺の凡庸な女とは違う。
恵美はそう自負していたから、自信満々に正嘉の背に向かい、声を掛けた。
「青柳正嘉さまですよね? 初めまして、私は九条恵美と申します」
恵美の声に、振り返った正嘉は……今まで出会ったどの男よりも、極上の男だった。
敬愛している兄の凛よりも、光り輝いて見える。
思わず、その男振りに見とれそうになりながらも、恵美はどうにか微笑みを浮かべながら手を差し出したが…………。
「ふん? ……面白い事があるから来いと父から言われたが、結局は、また下らない見合いか? つまらないな。オレはもう失礼させてもらう」
なんと、正嘉は恵美の差し出した手を無視して、踵を返してしまったのだ。
慌てた様子で、青柳の関係者と恵美の付き添い達がその後を追って行ったが。
これには、唖然としてしまった恵美だ。
今まで彼女は、跪いて手を差し出されエスコートを受ける側だった。
それなのに、この男は、恵美を一瞥しただけで帰ってしまった。
何の興味も無いと言った様子で。
(そ、そんな…………バカな! )
恵美は、九条家の令嬢でありオメガの女性である。
その肩書だけでも、充分に求婚を受ける存在だ。
加えて、誰よりも美しく利発である。
この綺麗で素敵な女性と番い、生まれた子は必ず優秀な子であろう……そう期待し夢を抱いて、誰もが恵美に求愛をするのに。
正嘉は、何の興味もないという。
この一件で、恵美の自尊心は大いに傷付いた。
だが余計に、恵美は正嘉に嵌ってしまった。
――――生まれて初めて、自分を路傍の石のように切り捨てた酷い男に…………恋を、してしまったのだ。
だから彼女は、この一幕を聞き及び『青柳との婚約は見送るべきだ』と言う兄や父を説き伏せて、強引に正嘉との婚約の話を推し進めた。
しかし、父親にとっては遅くに出来た最愛の娘であり、兄の凜にとっては、年の離れた可愛い妹である。
勿論、会社経営の事を考えれば、青柳との縁は歓迎するところだが――――それより何より、恵美が幸せでなければならない。
今回は青柳の家柄と財力から選んだが、どうにも正嘉という青年は実が無いのではないか?
彼に関して聞こえてくるのは良い話ばかりではなく、あちらこちらと浮名を流しては、遊び歩いているというような醜聞もある。
――――我々は、彼の為人をもっと知ってから恵美との婚約を考えるべきだったのではないだろうか?
そう危惧した父と兄は、最後まで婚約に難色を示したが、恵美は絶対に譲らなかった。
『元々、九条の家の為になると選んだ相手でしょう? ならば、この話は絶対に推し進めるべきです! 何より私がそれを望んでいるのだから!! 』
そう強固に言われては、父と兄も折れるしかない。
それに、さすがの正嘉とて、九条家を相手にしてこれまでのような放蕩に興じる事はないであろう。
そう結論を出した父と兄は、不承不承婚約の話を承諾した。
また、相手の青柳家も、正嘉には相当ヤキモキしていたらしい。
まだ二十歳だからと言ってフラフラせずに、いい加減に青柳の跡取りなのだと腰を据えて、家の将来の為に尽力するべきだと思っていたようだ。
――――それには、正式な妻を迎えて子を設けるのが一番だろう。
その相手が九条家の令嬢であれば、不足は無い。
何にも増して、最も良い縁談となる。
青柳家の思惑と、恵美の強い意志がこのように合致して、二人の婚約がひと月前に決まった。
彼女の、年の離れた兄である九条凛は、最後までそれに難色を示していたが。
それでも、恵美の要望に押し切られて――――凜は、渋々ではあるが、妹の行く末が安泰であるよう見守る事にした。
婚姻は、これから一年後の吉日――青柳家の現総領である青柳雅彦が家督を継いだ日が選ばれた。
――――私は、そこら辺の凡庸な女とは違う。
恵美はそう自負していたから、自信満々に正嘉の背に向かい、声を掛けた。
「青柳正嘉さまですよね? 初めまして、私は九条恵美と申します」
恵美の声に、振り返った正嘉は……今まで出会ったどの男よりも、極上の男だった。
敬愛している兄の凛よりも、光り輝いて見える。
思わず、その男振りに見とれそうになりながらも、恵美はどうにか微笑みを浮かべながら手を差し出したが…………。
「ふん? ……面白い事があるから来いと父から言われたが、結局は、また下らない見合いか? つまらないな。オレはもう失礼させてもらう」
なんと、正嘉は恵美の差し出した手を無視して、踵を返してしまったのだ。
慌てた様子で、青柳の関係者と恵美の付き添い達がその後を追って行ったが。
これには、唖然としてしまった恵美だ。
今まで彼女は、跪いて手を差し出されエスコートを受ける側だった。
それなのに、この男は、恵美を一瞥しただけで帰ってしまった。
何の興味も無いと言った様子で。
(そ、そんな…………バカな! )
恵美は、九条家の令嬢でありオメガの女性である。
その肩書だけでも、充分に求婚を受ける存在だ。
加えて、誰よりも美しく利発である。
この綺麗で素敵な女性と番い、生まれた子は必ず優秀な子であろう……そう期待し夢を抱いて、誰もが恵美に求愛をするのに。
正嘉は、何の興味もないという。
この一件で、恵美の自尊心は大いに傷付いた。
だが余計に、恵美は正嘉に嵌ってしまった。
――――生まれて初めて、自分を路傍の石のように切り捨てた酷い男に…………恋を、してしまったのだ。
だから彼女は、この一幕を聞き及び『青柳との婚約は見送るべきだ』と言う兄や父を説き伏せて、強引に正嘉との婚約の話を推し進めた。
しかし、父親にとっては遅くに出来た最愛の娘であり、兄の凜にとっては、年の離れた可愛い妹である。
勿論、会社経営の事を考えれば、青柳との縁は歓迎するところだが――――それより何より、恵美が幸せでなければならない。
今回は青柳の家柄と財力から選んだが、どうにも正嘉という青年は実が無いのではないか?
彼に関して聞こえてくるのは良い話ばかりではなく、あちらこちらと浮名を流しては、遊び歩いているというような醜聞もある。
――――我々は、彼の為人をもっと知ってから恵美との婚約を考えるべきだったのではないだろうか?
そう危惧した父と兄は、最後まで婚約に難色を示したが、恵美は絶対に譲らなかった。
『元々、九条の家の為になると選んだ相手でしょう? ならば、この話は絶対に推し進めるべきです! 何より私がそれを望んでいるのだから!! 』
そう強固に言われては、父と兄も折れるしかない。
それに、さすがの正嘉とて、九条家を相手にしてこれまでのような放蕩に興じる事はないであろう。
そう結論を出した父と兄は、不承不承婚約の話を承諾した。
また、相手の青柳家も、正嘉には相当ヤキモキしていたらしい。
まだ二十歳だからと言ってフラフラせずに、いい加減に青柳の跡取りなのだと腰を据えて、家の将来の為に尽力するべきだと思っていたようだ。
――――それには、正式な妻を迎えて子を設けるのが一番だろう。
その相手が九条家の令嬢であれば、不足は無い。
何にも増して、最も良い縁談となる。
青柳家の思惑と、恵美の強い意志がこのように合致して、二人の婚約がひと月前に決まった。
彼女の、年の離れた兄である九条凛は、最後までそれに難色を示していたが。
それでも、恵美の要望に押し切られて――――凜は、渋々ではあるが、妹の行く末が安泰であるよう見守る事にした。
婚姻は、これから一年後の吉日――青柳家の現総領である青柳雅彦が家督を継いだ日が選ばれた。
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