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 九条恵美は、幼い頃から蝶よ花よと育てられた。

 利発で、利口で、なにより美しく溌剌としている。

 両親はもとより、年の離れた兄からも可愛がられ、恵美は何不自由なく育った。

 しかし彼女は、オメガである。

 オメガの女性に求められるのは、誇れる学歴ではなく、優秀な血を残すという至上命題にいつしか変わる。

――――故に、彼女が発情期を迎えると、否応なくあらゆる名家から、是非我が家へと求婚の申し込みが殺到した。

 愛していた両親からも、慕っていた兄からも、強制ではないが――――しかし充分にプレッシャーを感じるくらいに『アルファの名家に正妻として嫁ぎ、後継ぎを設け、嫁ぎ先の家と九条との結びつきを強固にするのだ』と圧力を感じるようになっていた。

 恵美は己に自信があったから、それに気後れすることなく『勿論だ』と買って出たが。

 しかし、兎にも角にも、恵美がルックスだけではなく頭脳明晰なのは本当だ。

 大学卒業後、彼女は父の会社へ入り、バリバリのキャリアウーマンとして活躍した。

 彼女は、雑誌やテレビの取材を受けるような女性となり、誰もが羨望の眼差しを送るエリートとなった。

 正妻にするなら、恵美のような優秀な血統をと、望む家は多い。

 だから彼女は、もっとも価値のある魅力的で優秀なオメガとして引きも切らずに、あらゆる家から婚約を申し込まれた。

 恵美は、どこに行っても華々しく注目を集め、常に求愛の的であった。

 そんな順風満帆の人生を送る恵美に、いつしか狂いが生じてくる。

 九条の会社の関係で、青柳家との縁の話が持ち上がった時も、彼女は当然向こうから婚約を申し込むのは当たり前だと思っていた。

 なぜなら自分は、若く美しく利発で、誰もが手に入れたいと望むような絶世のオメガだと信じていたから。

 そうして、青柳正嘉と顔合わせをしたが――……。

 恋に落ちたのは、恵美の方だった。


 青柳正嘉は、現在20歳になる瑞々しい青年であった。

(恵美とは8歳。奏とは、ちょうど10歳の開きがある)

 アルファの血統を重んじる青柳家で、彼はまるで現代の貴族のように成長した。

 黒曜石のように輝く漆黒の瞳。黒々とした、烏の濡れ羽色の髪。白皙の面に、スッと通った鼻筋。形のいい唇。堂々とした体躯。

 落ち着いた、耳によく響く麗しい美声…………。

 その凛々しく美しい容姿はどこに行っても人目を引き、彼に恋をして胸をときめかせる令嬢はとても多かった。

 常に彼は、人々の羨望を受けながら大人へと成長していたのだ。

 眉目秀麗、文武両道。

 それに加えて、青柳というアルファの名家であり潤沢な資産もある。

 これで、モテない方がどうかしている。

 正嘉の周りには、常に数多あまたの華やかな花達が集っていた。

 しかし彼はその誰にも真から心を寄せることなく、戯れに何度か興じては、次から次へと気儘な若き王のように渡り歩いていた。

 数多の花たちは、そんな彼を何とか振り向かせようと、辺り構わず縋り付いたが。

――――しかし彼は、ただ冷笑を浮かべて、そんな相手を眺めるだけだった。

 声さえ、掛けてはやらない。

 正嘉は、いつしか、そんな冷たい氷のような青年へと成長していたのだ。


 恵美は、その正嘉と初めて顔を合わせた瞬間に、恋に落ちていた。
 

 最初のそれはあくまで『顔合わせ』であって、見合いではなかったが――――だが、恵美は間違いなくあれは見合いであったと思っている。

 そうでなければ、わざわざ系列会社のレセプションパーティー等に、父直々に恵美が呼ばれるわけがない。

 兄の九条凛は、祖父が理事長を務めていた大学の理事職を継いだので、会社経営の方は恵美が父の補佐を担当していた格好になる。

 このご時世、血筋だけでは会社は回らない。

 新規事業を手掛けるに当たって、青柳家との強固な協力関係を築こう……元々は、そういった下心から、正嘉と恵美の『自然な顔合わせ』がセッティングされたのだろう。
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