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『――あれが、忌々しいことに引き金になったんだ。だから正嘉さまは、どこの誰にも心を傾ける事が出来ないでいる』

「そんな……バカな……」

 とうの昔に終わった事だと思っていた過去が、再びこうして、思いもかけない方向から突き付けられるとは。

 しかし、こんな事を言うとは――――てっきりこの女性はアルファかと思ったが。

 息をつきながら、奏は口を開いた。

「あなたは……僕と同じオメガなんですね? 」

 奏の言葉に、電話の向こうで息を引くのが分かった。

 それで、奏の問い掛けが正鵠を射ているのが分かった。

 確実に子を設けるには、どうしてもオメガに頼らなければならない。

 多くは、良家のオメガの女が選ばれる。

 つまり血筋のいいオメガの女性ほど、持て囃されるのだ。

 アルファ家系の名家である青柳家では、当然のように、それらの家から令嬢を迎え入れたのだろうが。

(――――正嘉さまは……その女性たちには興味を持てなかったのか)

 そして多分、この女性にも……正嘉は興味を示していないのだろう。

 だからこうして、その元凶と位置付けた奏へと、釘を刺すつもりでメールや写真を送り付けたのか。

 嘆息する奏に、電話の向こうからは一方的な糾弾が続いた。

『私は、正嘉さまに相応しい女だ。子を設け、必ず番になるつもりだ。しかしその為には、お前が目障りなんだ』

「そ、そんな――」

 今更そんな事を言われても、困惑するしかない。

 第一、奏は現在、正嘉とは全く会ってもいないのだ。

 まるで正嘉と逢引きしているかのような言われ方をされても、迷惑以外の何ものでもない。

 堪らず、奏は声を上げた。

「僕は、もう正嘉さまと会っていません! そんな事を言われても困ります! 僕は――僕は、正嘉さまなんて…………き、嫌いですから!! 」

 すると、少し呆気にとられたかのような雰囲気が、電話の向こうから伝わって来た。

 少しの沈黙の後、静かな声が漏れてくる。

『お前は……正嘉さまが、嫌いなのか? 』

(うっ! )

 この質問に詰まりながらも、奏は声を振り絞る。

「……そ、そうです。僕は――――正嘉さまなんて大嫌いです。顔も見たくありませんし、本当にこの5年あの人とは一切接触していません! 今回の騒ぎが青柳家に起因しているのなら、本当に迷惑です。あなたの口から、結城奏はもう青柳正嘉と会う気は全く無い、興味も無いと伝えてください! 」

『――――――分かった』

 長い沈黙の後、そう返事がかえってきた。

 そして次に、思わぬ事を言われる。

『それでは、もう取材・・・・は一切受けるなよ。いいな? 』

「え? 」

 しかし電話は、そこで一方的に切れた。

 奏は唖然とするが、次に慌てて電話を掛ける。

 数回の呼び出し音の後、電話は通じた。

『――――はい? 』

「夜分すみません、理事長」

『いいや、構わないが……どうかしたのかい? 』

「実は――」

 そこから奏は、今まで起こった事を、九条へと順番に事細かに説明した。

 窓へ石を投げ付けられたこと、突如掛かって来た電話と、ヒステリックな女の声。

 そして正嘉の事――――。

『それは済まなかったね』

 奏の説明を受け、九条は苦々しくそう言った。

『そこの固定電話番号を知っている事と、君が帰宅した直後の投石から考えると――どうやら、その無礼な令嬢は私の知り合いらしい』

「ええ……」

 それは、奏も同じ結論だった。

 そうでなければ、これだけタイミングが合わない方がおかしい。

 必然的に、そうなると的は絞られる。

 敵は、最初から奏に近い位置にいたのだと。

 九条は嘆息すると、奏へと語り掛けた。

『私も、君の事をもっと正確に知っておけば良かったな――――ただ、七海の一番可愛がっていた後輩としか認識していなかったから……』

「い、いいえ! 今回の事は、僕がちゃんと理事に言っていなかったから――」

 だが、本当に……もうとっくの昔に終わっていたと思っていた事が、こうして関係してくるとは誰も思わなかっただろう。

 まさか、今になって正嘉の問題が顔を出してくるとは!

「僕は――――昔、まだ実家結城にいた頃――――青柳正嘉と番うのだと、そう教育を受けて育ちました……」

 そう、密やかな声で告げると、九条が電話の向こうで深く重い溜め息をつくのが分かった。



「――――そうか……私のオメガの妹も、この度……青柳正嘉と婚約をしたところだ――」


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