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「遠慮するな。本当に大した額じゃないのだし」

 栄太は朗らかにそう言うと、手を挙げてワインの追加をオーダーする。

 ここまでは栄太の運転する車で来たが、この後は、車をこのまま駐車場へ置いて、隣接するリゾートホテルへ宿泊の予定である。


 先週の続きを――と、暗黙の空気が漂っている。


 拒むつもりはなかったが、どうしても例の件を思い出すと……正直言って、そんな気分にはなれない奏だ。

 心にわだかまりを抱えたままでは、身体が開くことはないだろう。

 特に、今は発情期でも何でもないシーズンなのだから。

 だから、奏は迷いつつも、重い口を開いた。

「あの――栄太さん……」

「なんだ? 」

「今日は、その……何だかそういう・・・・・気分には、なれそうもなくて……」

「? 」

「せっかく、立派なお部屋を取って頂いたのに申し訳ありませんが――僕は、今日は帰ります……」

 悄然とした様子の奏に、栄太は訝し気に眉を寄せる。

「どうした? 体調が悪いのか? 」

「え、えぇ――」

(どうしよう、何か、尤もな言い訳をしないと)

――――愛想をつかされて嫌われてしまうかもしれない。

 せっかく、僕の事を愛しているって言ってくれたのに……。

 奏はそう考えてしまい、咄嗟にウソをついてしまった。

「け、研究が大詰めで! 結構皆殺気立ってるんです。一緒にアパートをシェアしている子も同僚なので、帰ってもなかなか気が抜けない状況で――だから、疲れが溜まってしまったみたいなんです」

 半分ウソ、半分本当だ。

 だから、リアルに感じたのだろう。

 栄太は「うーん、それは大変だな」と、同情するように相槌を打った。

 しかし次に、少し声のトーンを低くして訊く。

「その同僚も……オメガなんだな? 」

「? ええ」

「そうか、ならいいが――――だが、自分の恋人が他人と一緒に暮らしているっていうのは、イマイチ気に入らないな」

「一緒に暮らすって、そんな大袈裟な」

 奏は苦笑してやり過ごそうとしたが、栄太の方は違うらしい。

「――――オレが、新しくマンションを用意してやろう。お前はそこに住めばいい」

「えっ!? 」

「そうだ、ルームシェアなんてもう止めるんだ。現に、それがストレスになっているんだろう? 」

「だ、だからそれは、研究が大詰めで――」

「金ならオレがいくらでも用意してやる。それならもう薄給の研究員なんて、辞めてもいいだろう。な、そうしろ」

 栄太はそう言うと、この話はこれで決着というように破願する。

「恋人の面倒くらいみられる甲斐性は、充分あるってところを証明してやるよ」

「そんなっ」

「お前はマンションで、上手い飯でも作ってオレの帰りを待っていればいい。金の心配はするな。エステにスポーツクラブと、幾らでも遣っていいぞ」

「僕は、そんなの興味ありません」

 奏はキッパリと、栄太の申し出を断る。

「それに、僕がしている研究は、オメガを苦しみから救う大切な研究ですっ! ここでリタイアする気は無いです」

 だが、この返答は栄太は気に入らなかったらしい。

 栄太は表情を硬くすると、無言でワインに口をつけた。

「あ……」

 マズイことを言ってしまった。

 せっかく自分を心配してくれたのに。

 奏はサッと青ざめて、頭を下げた。 

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