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 奏が厚生省管轄の研究所で日々力を注いでいるのは、現在広く使われている発情抑制剤に替わる、アルファフェロモンに対抗するオメガの免疫薬の開発である。

 プラスとマイナスのように、オメガはアルファのフェロモンを感知すると、一定期間を置いて発情ヒートというアレルギー症状を発症してしまう。

 困る事に、街中を行き交うだけでも感知してしまうので、防ぎようがないのが現状だ。

※オメガはベータのフェロモンにも反応は示すが、通常生活が送れない程の激しい発情状態にはならない。

 このアルファフェロモンでアレルギーを起こさないように、元々すべての人間に備わっている『免疫』に作用する薬を開発したら?

――――つまりアルファのフェロモンをプラスと感知しないようにすれば、オメガは発情しないのではないか。

 これは今まで、あくまで七海による仮説であったが、研究を引き継いだ奏達チームによって、オメガとアルファの細胞を移植したマウス実験により事実であったと見事実証された。

 あとは、免疫に作用する薬を開発するだけだ。

 この5年、幾度もの実験と研究を繰り返し、かなり成果を上げつつある。

『新薬』を投与したマウスの7割が、アレルギーを発症せず発情状態を起こしていない。

 これからヒトによる検体実験に移行し、早ければ来年度中には目処を付けたいところだ。

 この大切な時期に、仲間達には余計な負担はかけたくなかった。

 だから奏は、安里に合成写真の事は口止めを頼んだ。

 こんな事で、騒ぎ立てるような真似はするべきではないと判断して。

   ◇

「どうした? 何かあったのか? 」

「えっ――」

「何だか、顔色が悪いし上の空だ。気分でも悪いんじゃないか? 電話でも、声に元気が無かったから心配していたが……」

 栄太の問い掛けに、奏は無理に笑みを浮かべて「大丈夫ですよ」と答えた。

「ここのところ、ずっと研究室に入り浸りでしたから――――少しだけ、疲れてしまったようです」

「そうか? 」

「ええ」

 そう微笑みながら、奏は切り分けた肉へとフォークを刺し、元気に頬張ってみせる。

「うん、美味しいですね。こういう気取らない雰囲気のステーキハウスって、僕は好きですよ」

「それならいいが……」

 まだ訝しむ様子で見つめてくる栄太に、奏は話題を変えようと声を張る。

「今日も誘ってくれてありがとうございます。こんな美味しい夕食もご馳走して頂いて、嬉しいです。栄太さんはいつもここに来るんですか? 」

「あ? ああ、時々な」

「そうですか――お一人で? 」

 何気なく聞いたのだが、栄太は少しバツが悪そうに首を振った。

「いや……連れがいた時もあった」

「ああ、部下の方もいますしね。栄太さんは居酒屋っていうイメージじゃないし。こういう店が――」

 言い掛けて、口を噤んだ。

 そうだ、部下と来たとは限らないではないか。

 これ以上は聞かない方がいいのではないか?

 地雷を踏みそうな予感に、奏の頬が一瞬引き攣る。

「そ、そうですね、あの――」

 急いで、話題を変えた。

「この前頂いたスカーフ、さっそく使わせてもらっています。柔らかい色で、どんな服にも合うから助かっています。ありがとうございました」

 礼を言い、ペコリと頭を下げる。

 これに、栄太は微笑みを浮かべた。

「そうか、よかった。それじゃあ、替え用にまた何か贈る事にしよう」

「い、いいえ! そんなつもりで言ったわけではないので……」

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