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 ああ、しかし、本当にそうなのだろうか?

 もしも――――この不安が的中したのなら、奏はどうすればいいのか?

 昨日まで膨らんでいた風船が急激に萎むように、心を占めていた幸せな気分が、どんどん縮んでいく。

(あんなに、栄太さんは僕の事を可愛いって言ってくれたし――愛しているって言ってくれたけど……)

 果たしてそれで栄太は、奏と番になりたいと、真剣に思ってくれているのだろうか?

 昨日は、その事に関しては触れて来なかった。

 急がないで、ゆっくりと関係を深めて行こうと言っていたし…………だから、番の契約は時期尚早だと判断して、口にしなかったのだとこっちは判断していたが。

 もしかしたら次に会った時に、いよいよ告白されるかもしれないと……それだけは心の準備をしておこうと思っていたのに。

 またしても、奏は勝手に勘違いして、愚かな空回りをしているのだろうか?

――――勝手に、幸せな未来を期待しているのだろうか?

(どうして、今になって……)

 やっと、安心できる居場所を見つけたと思っていたのに。

 紙のように白くなっていく奏の顔色に、九条は、さすがにこれは何かあると思ったらしい。

「やはり、心当たりがあるんだな? それでは、アパートに戻るのは危険だろう」

「……え? 」

「2回の警告、次は実力行使となり兼ねない。私のセカンドハウスを君に貸そう。すぐに入れるようになっているから、避難シェルターのつもりで使いなさい。管理人には私の方から連絡をしておく」

「ど、どうして僕に? 僕は今まで、あなたの事を疑って散々詰ってきたのに」

 奏の問いに、九条は『気にするな』と首を振って答えた。

「君は七海の大切な後輩の一人だし、中でも特に君を、七海は可愛がっていた。私としては、充分それは君を贔屓する理由になる」

「理事長――」

 茫然として、奏は九条を見上げた。

 まさか、ずっと敵だと思っていたこの人物に、こんな優しい事を言われるとは。

(僕は……自分の考えに凝り固まって、真実を見ようとしていなかった。本当の九条凛くじょうりんは、七海先輩を愛する、真摯で優しい人物だったというのに……)

 今更ながら、その事を実感した。

 九条はテキパキと手配を進めながら、茫然とソファーへ座っている奏へ忠告をする。

「あとは――そうだな。信用のできる人物にも、当座は居場所は知らせない方がいいだろう。情報は、どこから洩れるか分からないからな。私としては、研究所にもしばらく顔を出さない方が良いと思うが……」

「そ、それはダメです! 新薬の開発も大詰めになっています。今、リーダーの僕がいなくなっては研究が滞ってしまう」

「――――なら、セカンドハウスと大学の行き来には、私の用意するハイヤーで通ってもらう。いいね? 」

 九条に言われ、奏は仕方なしに頷いた。

 出来れば、こんな事で借りなど作りたくないが……今は、そんな事を言っている場合ではないだろう。

 不承不承といった様子で提案を受け入れる奏に、ホッとした様子で、九条は更に念を押す。

「とにかく、心当たりがあるのなら――犯人を出来るだけ刺激しないように、お互い冷静に話し合えるまで第三者を通した方がいいだろう。私がその『第三者』になっても構わないが……君はどうする? 」

「え? 」

「他に、誰か間に立てられるような人物はいるか? 」

 これに、奏は首を振った。

「いません……オメガの仲間達とは仲は良いけれど、その彼等に、こんな事を頼むなんて――――危険な場合も考えられるし。巻き込むくらいなら、全部僕ひとりで片付けます」

 かたくなで真面目な、奏らしい考えだ。

 この奏のセリフに、九条は嘆息した。

「まったく君という人は……そういう実直で堅い所が魅力の一つなんだろうが、もう少し周りを頼る事をしないと、要らぬ苦労ばかりをするよ? 」

 九条の言葉に、だが奏は、正体の分からないような笑みを浮かべた。

 奏は、思っていた。

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