53 / 240
19
19-1
しおりを挟む「なんだか、表情が明るくなったんじゃない? 」
「えっ!? 」
急に同僚から声を掛けられ、奏は戸惑った。
「そ、そう? 何も変わらないよ? 」
「う~ん? そうかなー? 」
「それより、ほら! マウスの実験結果、レポート纏めるんだろう? あと、体組織の血小板増減の集計、ちゃんとやってる? 」
「おおっと! マズイ!! 」
追及を逃れる為に促したのだが、声を掛けた相手は本当にそれを忘れていたのか、慌てて実験室へと戻って行った。
それを見遣りながら、奏はフゥと溜め息をつく。
…………昨日、思ぬ告白を受けた。
告白して来た相手は、長く奏の自由と身体を縛って来た、憎い相手――――であった筈の、馬淵栄太であった。
栄太と会うのは、奏が発情期に入った時の3日間だけにすると、5年前に決めた。
そのサイクルに合わせて、昨日も、5年前から定宿にしているホテルでいつものように面会した。
――――しかし奏は、今回は発情抑制剤を服用しての、面会だった。
何故なら、栄太と会うのは、今回で終了だと告げるつもりだったからだ。
だがそこで、奏は思いも寄らない告白を栄太から受けた。
栄太は、ずっと奏の事が好きだったという。
そしてずっと、奏に対して悪い事をした、酷な事をしてしまったと後悔していたらしい。
彼がそんな事を思っていたんて、想像もしなかった。
(栄太さん……)
今、奏の細い首には、金の鎖に通された指輪が掛かっている。
それは、改めて自分と婚約して欲しいと言って栄太から渡された、シンプルなプラチナリングだった。
今日は襟の有る服を着ているので、同僚達にはまだ気付かれていない。
しかし、ルームシェアしているメンバー達には、いずれは気付かれるだろう。
何だか、知ってほしいような、内緒にしていたいような。
なんとも面映い感情に、奏の頬は自然と緩む。
(ああ、これが――愛される幸せっていう事なのかな? )
初体験の感情に、奏の胸中はポッと火が付いたように暖かくなる。
通常なら、発情期は3日程続くが、先にも言った通り、今回発情抑制剤を飲んでしまった。
だから、今回はもう奏の身にヒートは起こらない。
次のサイクルは、40日後だ。
『では、いつも通りに――――次のサイクルが来たら会いましょうか? 』
そう言ったところ、栄太は首を振った。
どういう事だろうと訝しむ奏に、次に栄太は言ったのだ。
『発情期とかは関係なく、普通にお前をデートに誘いたい。今日の仲直りの記念に、明後日の日曜……デートしないか? 』
その時の言葉を思い出し、奏の頬は、また幸せに緩んだ。
(この僕が、デートを申し込まれる日が来るなんて! )
今までずっと、オメガの男体などと蔑まれてきた身だ。
そんな、『デートしないか』なんて、異性にも同性にも言われた事など一度もない。
栄太の、普通の恋人に対するような接し方に、奏は本当に驚いた。
これは全く、未知の体験だ。
(会いたいあいたいって言うのはいつも僕ばかりだったけど……それを、今度は僕が言われるなんて――――)
嬉しくて、顔がまた自然と綻んでしまう。
(本当に、今が一番幸せだ)
――――相手は、正嘉ではないけれど。
そこでふと、奏の表情は曇った。
(この期に及んで、まだ正嘉さまのことを考えてしまうなんて――――本当に僕ってヤツは、未練がましいオメガだな……)
奏は、正嘉を運命だと思った。
だが、相手は違っていたらしい。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる