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「私が手を下さなくても、いずれは死んでいた男だ。いっその事、最初から放っておけばよかったかな? でも、私もその事実は、コトを起こすまで知らなかったので……あの時はしびれを切らして暴漢を雇ったんですよ」

 クス笑い、九条を指差す。

「あなたにも責任はあるんですよ。私を何回も振ったから! 七海に受け入れてもらえなかったクセに、同じように告白を続ける私には見向きもしない! 」

「――七海には、これ以上手を出すな」

「ええ、分かってますよ。映像を公にされたくなければ、誠心誠意を込めて七海の治療のアシストと、『旧・七海班』のメンバーの面倒を見れというんでしょう? 」

 肩を竦めて、ヤンは嘆息する。

「……約束通り、今でも私は大学で『七海』の為に動いていますよ。こいつのラボの連中を積極的に引き立てています。親友・・・として献身的にね。勿論、国立研究所にも協力しています。これで文句は無いでしょう? 」

「――――それでは、そのまま尽力してくれ」

「映像データを、そろそろ渡してはくれませんか? 」

「それは、ダメだ。そうしたら、君はまた七海を傷付けるだろう」

 すると、ヤンは忌々し気に目を細め、口を開く。

「――――連中・・・は、犯人はずっとあなたの息子だと思っていますよ。そっちの方は、このまま誤解させておいていいんですか? 」

 すると、九条は形のいい眉を寄せながら、苦い声をもらした。

「……仕方がない。実際に、あいつも七海へ危害を加えヤキを入れようと計画していたらしいしな。レイプまでは考えていなかったようだが――――だが、暴行は未遂だったが、そんな野蛮な考えを持った事に対しての責めを負ってもいいだろう」

「容赦ないですね」

 ヤンはそう言うと、クスっと笑った。

「そこまで、愛しい七海様が大事ですか」

「ああ」

 躊躇いのない返答に、ヤンは怒りが湧いたらしい。

 ワナワナと震えながら、九条に詰め寄って口を開いた。

「あなたはいつもそうだ! 何度も七海に拒絶されたくせに! 」

「……」

「それなら、私が憎いでしょう!? 仇討ちでも何でもしたらどうですか!? 私がコイツを、こんな目に遭わせた張本人なんだから! 」

 しかし、これに九条は首を振った。

 驚いて、ヤンは目を見開く。

「――――私が、憎くないと? 」

「ああ。憎いのは…………最後に会った時に、私の求婚を受け入れてくれると言った七海を信じようとしなかった――――自分自身だ」

『私にとっては、今更――というのが本音だが』

 疑心暗鬼の所為で、最後に、そんな最低な事を言ってしまった。

 九条凛が最も憎んでいるのは、七海を拒絶してしまった、おのれだった。

 何度悔やんでも、悔やんでも、後戻りはできない。

『時のある間にバラの花を摘むがよい。 時は絶えず流れ行き、 今日微笑んでいる花も明日には枯れてしまうのだから』

 いつだったか、七海が寂しそうに、この詩を口にしていた事を思い出す。

 身体を、度重なる投薬実験で壊していた七海。

 もう、子を持つことを諦めなければならなかった七海――。

 そうとは知らずに、幾度も求婚を繰り返してくる九条を、彼はどう思っていたのか?

(――――自惚れでなければ…………)

 九条は、痛みを堪えるような顔になって、静かに眠り続ける七海へと視線を落とす。

(七海は私の事を……昔から愛していたのではないだろうか? )

 それ故に、求婚を受け付けなかったのではないだろうか?

 九条には、当時から、跡取りを必ず設けなければならない、家長としての責任があった。

 七海に繰り返し求婚していた時は、子供の事まで考えもしなかったが――――逆に、七海の方は、真剣に考えたのではないだろうか?

 身体を壊し、子を持つことはほぼ不可能なオメガ七海

――――そんなオメガと番って、一族から責めを負うのは九条だ。

 だから、七海は…………九条の求婚を拒むしかなかったのではないのか?

 しかし、時は過ぎ。

 共に齢四十を超え、九条には、今は采という立派な跡取りがいる。

 そうなればもう、無理に子供に固執する事はない。

 そんな必要は、もうない。

 ならば、長くはない命だが――――せめて最期は九条の求婚に応えて、その余生を送ろうとしたのではなかろうか。

「一番悪いのは、私だよ。この私が、一番の大馬鹿者だ」

 その静かな声に、ヤンは悲痛な呻き声をもらす。

「あなたは――――私を愛してもくれないし、恨む事すら……してはくれないのですか? 」

「君に期待しているのは、七海のやり残したことを引き継いでくれる事だけだ」

「――」

 無言の慟哭が、ヤンの口から上がる。



 その様子を息を呑むように見ていたが、やがて奏は、静かにその場を離れたのだった。



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