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 奏は、まどかから渡された紙袋を手に提げながら、トボトボと歩いていた。

 中身は……栄太から貰い、逆に突き返し――――そして今度は、まどかから再び押し付けられたくだんのプレゼントだ。

 あの男、これを押し付ける為に、この女を利用したのか――――と一瞬思ったが、どうやらこれは彼女の独断らしい。

 意気消沈して、早い時間からバーカウンターで独り佇んでいた栄太を、たまたま上がる所だったまどかが発見したそうだ。

 いつにも増して落ち込んでいる様子の栄太が気になり、その原因を眼で探ったところ、何やら綺麗に包装された箱が無造作に入っている、この紙袋に気が付いた。

 ここら辺は、さすがに女性らしい観察眼だろう。

 栄太の落ち込みようと、それが何か関係があると察知した彼女は、帰宅する足を止めて栄太の隣へ腰を下ろした。

 驚く様子の栄太に、当たり障りのない話を振りながら、さり気なく紙袋へと視線を向けてみる。

 そして、これは何だと栄太へ訊いてみたところ、何と、今まで奏へ渡していたプレゼントだというではないか。

 せっかくのプレゼントなのに、奏は1つも開けていなかったのか――――と、まどかもこれには驚いたが、それ以上に彼女には怒りが湧いてきた。

 箱を開けていないという事は、栄太の書いた手紙も読んでいないという事だ。

 栄太が、一所懸命に言葉を選んで手紙を書いただろうに、それに一つも目を通してをいないとは!!

 あんまりではないか!

『それじゃあ、栄太くんの代わりに、私がこれを渡してくる! 』

 憤慨した彼女は、栄太からその紙袋を強引に奪い取り、奏の後を追って来たのが真相らしい。


   ◇


「手紙、ねぇ…………」

 奏は小さく呟くと、公園のベンチへ腰を下ろし、一番最初に貰ったプレゼントを開けてみた。

 中は、シンプルだけど上質なカシミアの手袋だ。

 そして、確かに手紙も入っていた。

(僕は――――手紙を書くばかりで、逆に誰からも貰った事がなかったな)

 いつもいつも、思いの丈を綴って、会いたいあいたいと書いては手紙を送っていた。

 両親へ、兄弟へ、そして――――青柳正嘉へ。

 それを思い、奏はフゥと溜め息をついた。

 読まれない手紙を書くのがどんなに辛いのか、奏は身をもって知っている。

 何度も何度も『これを読んで、もしも本当に迎えに来てくれたらどうしよう』と空想しては、期待と失望を繰り返してきたから。

 仲間とシェアをしているアパートへ郵便物が届く度に、いつも奏が真っ先に見に行っていた。

 自分宛ての、手紙を探して。

(そうか――――それを僕は5年前に止めたけれど、逆にこの人は、まるでそれを引き継ぐように書いていたんだな)

 読まれる事を期待して、手紙を何回も書いてはプレゼントへ忍ばせて。

 でも、発情期の度に顔を合わせる奏を見ては、何度も失望していただろう。

 相変わらず奏は栄太との会話を完全拒否し、目線も合わせない。

 凍り付いた奏の対応に、どう接すればいいのか、彼なりにずっと悩んでいたのか。

 時折見せる寂し気な顔は、そんな理由があったのか…………。

(確かに、最初の頃は――――ひどく罵倒されたり暴力的にセックスされたりして、なんて悪魔のように酷い奴なんだろうと思っていた。でも、それも本当に最初の頃だけで…………その後は、考えてみれば――――何だか気を遣われていたような気がする……)

 身体が辛くない体勢を取らされたり、事後にシャワー室へ運ばれたり。

 だが、奏は心を完全に閉ざしていたので、そんな栄太の気遣いは邪魔で鬱陶しいだけだった。

 終わったのなら、とっとと部屋を出て行ってほしい。

 出て行かないのなら、こっちの方からさっさと去ってやる。

 食事はどうかだって?

 バカじゃないのか!?

 こっちは、1分1秒もお前の為に時間を使いたくないんだ。
 
 そんな風に、奏はずっと意地を張っていた。

 人の好意など――――そんなあやふやなものに期待して、もう二度と裏切られたくなかったから。

 しょせんは、自分はオメガの男だ。

 アルファやベータから見れば、下の下の存在だ。

 研究室で働いているから、まだ奏は何とか体裁を整えていられるが、通常のオメガなら定期的に訪れる発情期の所為で、満足に仕事にも就けない。

 たとえ抑制剤を服用しても、近くにアルファが居るとそのフェロモンに反応して、発情も完全に抑えきれない。

 アルファやベータに寄生しなければ生きていけない、ゴミのような存在――――。

 まして、自分は男体だ。

 七海は、アルファの男体は子を産ませることも産むこともできる『人鳥』という進化の頂点だ、胸を張れと言ってくれたが、実際は…………世間の反応はすこぶる冷たい。

 所詮は、現実なんてそんなものだ。

――――自分は、誰からも愛されない。

 奏は、いつの間にか己を、そういう風に卑下するようになっていた。

 だから、信じようとしなかったし、期待もしなかったのだ。

 もしかしたら、馬淵栄太というこのベータは…………自分に好意を持っているのではないかという、予感を。

 手紙が、何故か滲んで見える。

 そこに書いてある字が、読めない。

「うっ…………」

 目から溢れ出る涙が、ぽたぽたと手紙に落ちた。

(僕は――――)


 ずっと、愛されたかった…………。
 

 奏はベンチに座りながら、体を丸めるようにして泣き続けていた。



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