39 / 240
15
15-1
しおりを挟む「――――それが、5年前の本当の経緯です」
馬淵と幼馴染だという西園寺まどかはそう言うと、ふぅと溜め息をついた。
そして彼女は視線を上げると、今度は奏を非難し始めた。
「あなたの、その頑なな態度が、彼から真実を言わせる機会を奪ったんです。元婚約者のアルファに見捨てられて自暴自棄になったかどうか分かりませんが、だからといって、それで栄太さんに当たるなんて……あんまりです」
「っ! 」
「そう考えると、やっぱりあなたにも原因があると思います」
しかしこのセリフに、奏はムッとした。
『まったく、どうしてこんな男の尻に突っ込まないとダメなんだ』
『お前は、男のクセに恥ずかしくないのか? 』
『発情期のたびにヌルヌルになるんだな。本当に淫乱な身体だ』
『バケモノのクセに、ここはそこらの商売女よりもずっと具合がいいんだから――オメガの男ってのは、アルファやベータに抱かれる為に生きているような、クソみたいなヤツらだな』
馬淵と逢瀬を重ねた際に、奏はそう罵倒されたのだ。
それで、どれだけ奏が傷ついた事か――――!
じゃあ、あれも全部、自分が悪いというのか!?
そんな事、納得できるワケが無い。
「――――あなたこそ、何も知らないくせに! 僕があの人に、どれだけ酷い事を言われたのか分かりますか!? 」
毎回、発情期のピークの度に、気絶ヤギと呼ばれる症状に苦しめられ身動きが取れなくなる肉体。その身体を弄られ、いいように嬲られる屈辱。
体内に男のモノを入れられ、その欲望を放出されると身体を焼くような苦しみからは逃れられるが――――その度に、どれだけ奏が、屈辱と絶望を感じているのか。
この行為が、愛する相手ならばどれだけ幸せな事かと思い……その度に、夢と現実のギャップに打ちのめされ、胸が潰れるほどの悲しみをどれだけ奏が味わっているのかを。
すると、意外な事に、まどかは頷いた。
「……ええ、知っています。その度に、栄太さんは激しく後悔して……辛そうに、ホテルのラウンジで――一人肩を落として、お酒を飲んでいました。私は何度も、その姿を見ました……」
「え――? 」
「声を掛けたのは、私の方です。随分面影が変わっていたから、最初は違うかもと思って――――なかなか声を掛ける事が出来なかったけれど……」
◇
「もしかして……栄太くん? 」
「え? 」
いつもラウンジで、一人孤独に酒を飲んでいる男――――それ事態は、特に珍しい事ではない。
まどかも、最初は関心など持たなかった。
しかし、それがどうやら毎回決まって同じオメガと逢瀬を重ねる為にこのホテルを利用していて、その度に、毎回一人きりで酒を飲んでいるらしいとあっては、少しくらいは興味も出る。
ベータと、オメガの男体――――か。
大抵はラブホで済ませるだろうに、こんなちゃんとしたホテルを取るなんて……少し、珍しい。
人手が足りない時は、フロントを任せられる事もあるまどかは、それとなく宿泊者名簿を確認してみた。
馬淵栄太……栄太?
子供の頃、近所に住んでいた栄太くんのお母さんは――――確か、馬淵さんというお金持ちの人と再婚したから引っ越したのだと、近所の大人たちが噂をしていたのを思い出す。
(まさか、本当に栄太くん!? )
優しくて頭も良くてルックスも良くて、しかもスポーツも万能だった栄太は、クラスの人気者だった。
――――そして、まどかの初恋の相手だった。
その栄太が、どうしてオメガの男体と?
まどかは、純粋に好奇心が湧いた。
だから、声を掛けたのだ。
以前から言われていた通り、一人肩を落としてラウンジで酒を飲んでいた栄太へ。
「あの、違っていたらごめんなさい。昔、S市に住んでいませんでしたか? 」
「ええと……もしかして西園寺まどかちゃん? 」
戸惑いながら、栄太はそう訊いてきた。
嬉しくなって、まどかは声を上げた。
「そう! まどかです! うわぁ~久しぶり!! 何年振りかな? 」
すると栄太は、そこだけは昔と変わらない、右頬にえくぼの浮かんだ、少しはにかんだ様な笑みを見せた。
「そうか――君は変わらないね」
「そ、そうかな!? 栄太くんは――――結構変わったね。でも、なんか格好いいよ。そうだなぁ……ちょっと影のある男って感じで」
正直にいえば、ヤクザのような裏稼業っぽい雰囲気であるのだが、まどかは言葉を選んでそう言った。
「――ええと、今は何しているの? 」
「馬淵の仕事を継いでいるよ。不動産と投資」
「そうか……順調? 」
「仕事はね」
暗に、それ以外は上手く行っていないという事を匂わせられた。
そうなると、気になるではないか。
まどかは、今でも――――昔抱いた仄かな恋心を、まだ忘れていなかったのだから。
訊いていいものかどうか迷いながら、口に出してみる。
「その、栄太くんさぁ……定期的にウチのホテルに宿泊しているようだけど――何か、恋愛とか――悩みがあるんじゃないの? 」
「――――」
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
好きな子が毎日下着の状態を報告してくるのですが正直脈ありでしょうか?〜はいてないとは言われると思いませんでした〜
ざんまい
恋愛
今日の彼女の下着は、ピンク色でした。
ちょっぴり変態で素直になれない卯月蓮華と、
活発で前向き過ぎる水無月紫陽花の鈍感な二人が織りなす全力空回りラブコメディ。
「小説家になろう」にて先行投稿しております。
続きがきになる方は、是非見にきてくれるとありがたいです!
下にURLもありますのでよろしくお願いします!
https://ncode.syosetu.com/n8452gp/
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる