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「――――それが、5年前の本当の経緯です」

 馬淵と幼馴染だという西園寺まどかはそう言うと、ふぅと溜め息をついた。

 そして彼女は視線を上げると、今度は奏を非難し始めた。

「あなたの、そのかたくなな態度が、彼から真実を言わせる機会を奪ったんです。元婚約者のアルファに見捨てられて自暴自棄になったかどうか分かりませんが、だからといって、それで栄太さんに当たるなんて……あんまりです」

「っ! 」

「そう考えると、やっぱりあなたにも原因があると思います」

 しかしこのセリフに、奏はムッとした。

『まったく、どうしてこんな男の尻に突っ込まないとダメなんだ』
『お前は、男のクセに恥ずかしくないのか? 』
『発情期のたびにヌルヌルになるんだな。本当に淫乱な身体だ』
『バケモノのクセに、ここはそこらの商売女よりもずっと具合がいいんだから――オメガの男ってのは、アルファやベータに抱かれる為に生きているような、クソみたいなヤツらだな』

 馬淵と逢瀬を重ねた際に、奏はそう罵倒されたのだ。

 それで、どれだけ奏が傷ついた事か――――!

 じゃあ、あれも全部、自分が悪いというのか!?

 そんな事、納得できるワケが無い。

「――――あなたこそ、何も知らないくせに! 僕があの人に、どれだけ酷い事を言われたのか分かりますか!? 」

 毎回、発情期のピークの度に、気絶ヤギと呼ばれる症状に苦しめられ身動きが取れなくなる肉体。その身体を弄られ、いいように嬲られる屈辱。

 体内に男のモノを入れられ、その欲望を放出されると身体を焼くような苦しみからは逃れられるが――――その度に、どれだけ奏が、屈辱と絶望を感じているのか。

 この行為が、愛する相手ならばどれだけ幸せな事かと思い……その度に、夢と現実のギャップに打ちのめされ、胸が潰れるほどの悲しみをどれだけ奏が味わっているのかを。

 すると、意外な事に、まどかは頷いた。

「……ええ、知っています。その度に、栄太さんは激しく後悔して……辛そうに、ホテルのラウンジで――一人肩を落として、お酒を飲んでいました。私は何度も、その姿を見ました……」

「え――? 」

「声を掛けたのは、私の方です。随分面影が変わっていたから、最初は違うかもと思って――――なかなか声を掛ける事が出来なかったけれど……」

   ◇

「もしかして……栄太くん? 」

「え? 」

 いつもラウンジで、一人孤独に酒を飲んでいる男――――それ事態は、特に珍しい事ではない。

 まどかも、最初は関心など持たなかった。

 しかし、それがどうやら毎回決まって同じオメガと逢瀬を重ねる為にこのホテルを利用していて、その度に、毎回一人きりで酒を飲んでいるらしいとあっては、少しくらいは興味も出る。

 ベータと、オメガの男体――――か。

 大抵はラブホで済ませるだろうに、こんなちゃんとしたホテルを取るなんて……少し、珍しい。

 人手が足りない時は、フロントを任せられる事もあるまどかは、それとなく宿泊者名簿を確認してみた。


 馬淵栄太……栄太?


 子供の頃、近所に住んでいた栄太くんのお母さんは――――確か、馬淵さんというお金持ちの人と再婚したから引っ越したのだと、近所の大人たちが噂をしていたのを思い出す。

(まさか、本当に栄太くん!? )

 優しくて頭も良くてルックスも良くて、しかもスポーツも万能だった栄太は、クラスの人気者だった。

――――そして、まどかの初恋の相手だった。

 その栄太が、どうしてオメガの男体と?

 まどかは、純粋に好奇心が湧いた。

 だから、声を掛けたのだ。

 以前から言われていた通り、一人肩を落としてラウンジで酒を飲んでいた栄太へ。

「あの、違っていたらごめんなさい。昔、S市に住んでいませんでしたか? 」

「ええと……もしかして西園寺まどかちゃん? 」

 戸惑いながら、栄太はそう訊いてきた。

 嬉しくなって、まどかは声を上げた。

「そう! まどかです! うわぁ~久しぶり!! 何年振りかな? 」

 すると栄太は、そこだけは昔と変わらない、右頬にえくぼの浮かんだ、少しはにかんだ様な笑みを見せた。

「そうか――君は変わらないね」

「そ、そうかな!? 栄太くんは――――結構変わったね。でも、なんか格好いいよ。そうだなぁ……ちょっと影のある男って感じで」

 正直にいえば、ヤクザのような裏稼業っぽい雰囲気であるのだが、まどかは言葉を選んでそう言った。

「――ええと、今は何しているの? 」

「馬淵の仕事を継いでいるよ。不動産と投資」

「そうか……順調? 」

「仕事はね」

 暗に、それ以外は上手く行っていないという事を匂わせられた。

 そうなると、気になるではないか。

 まどかは、今でも――――昔抱いた仄かな恋心を、まだ忘れていなかったのだから。

 訊いていいものかどうか迷いながら、口に出してみる。

「その、栄太くんさぁ……定期的にウチのホテルに宿泊しているようだけど――何か、恋愛とか――悩みがあるんじゃないの? 」

「――――」

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