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 奏と馬淵は、奏が喉を裂いた5年前のあの日に、契約を交わしたのだ。

 あの日、奏は、傲然を自分を見下ろす馬淵へと、ペンを探して筆談で語り掛けた。

『あなたは、僕の事を好きでないでしょう。ただ、優秀な子供が欲しいだけだ』

「当たり前だ! 」

『ですよね。オメガの男体なんて、本来は抱きたくはない筈だ。だって、僕なんて気持ちの悪いただのバケモノですしね』

 冷たく笑い、奏はペンを動かす。

『では、お互い無駄ははぶきましょう』

「無駄だと? 」

『あなたは自分のDNAを持つ子供が欲しいだけ。なら当然、僕の他にも、複数の愛人がいる筈ですよね? 』

 馬淵は己の所業を見透かされた気分になり、顔をしかめる。

「――――それが、悪いか? 」

『いいえ、それで結構です。オメガの男体である僕一人を囲うなんて酔狂なマネ、あなたのような賢い人がする筈ありませんし』

 笑みを浮かべ、奏はそう書く。

『では当然、僕の首を噛んで番の契約・・・・・・などするつもりはありませんよね』

「……ああ」

『結構です。万が一、本当に番の契約などしてしまったら、相手側に責任問題が発生しますからね。それでトラブルになって、多額の慰謝料を巡っての争いも多いし――』

「そんなの、知っている! 」

 オメガの首を噛むと『番の契約』となる。

 その場合、法的に婚姻関係を結んだ事になり、財産分与などの権利等がオメガに発生する事になるのだ。

 番の契約を結んだ上での、その後の一方的な契約破棄は違法とされる。

 つまり、そうそう安易に『番の契約』をしようものなら、アルファやベータは多額の慰謝料を払う羽目になってしまうのだ。

 だから、通常はそのリスクを恐れ、彼等はそう簡単にはオメガの首など噛まない。

 本当に、愛しているのであれば……そんなリスクなどものとも・・・・・しないが。

「――――誰が、好きこのんで、オメガの男体などと番の契約などするものか! 」

 知らず知らずのうちに、奏の思惑にハマり、馬淵はそう吐き捨てるように言っていた。

 ニヤリと笑い、奏はペンを動かす。

『では、僕の発情期の三日間だけ会って性交しましょう』

「なに? 」

『発情期以外での性交は、オメガ男体は妊娠しません。無駄は省きましょう。あなたも当然・・・、オメガ男体など嫌でしょうから』

「――」

『それなら、気持ちの悪いバケモノ・・・・・・相手でも、何とか我慢できるのではないですか? 』

「あ、ああ――そうだな……」

 売り言葉に買い言葉ではないが、馬淵は奏の提案に頷くしかなかった。

 まさか、オメガ男体など本来は手を出したくなかったと何度も口にしておきながら、己の屋敷に、そのオメガ本人を住まわせて新婚のような暮らしをするのだとは言えない。

――――言えないように、奏は巧みに言葉を選んだ。

『それでは、これから半年毎に、発情期サイクルをグラフに起こしたデータを送ります。それを基に、今後は会う事にしましょう。それ以外では、決して連絡を取らず、顔も合わせないという事でいいですね』

「なに? 」

『馬淵さんも、当然それが良いですよね?オメガの男なんか囲っていると知られたら、馬淵さんのランクは三流だと世間に見做されてしまうでしょうから。僕達の関係は、公にしない方がいいでしょう』

「三流……」

 オメガの男体は、世間から随分と言いたい放題に罵倒されているが、その抱き心地はとんでもない極上だ。

 女など足元にも及ばない程の天国を味わえると評判で、売春を生業にしているオメガの男などは、軽く一財産を築ける。

 しかし、世間ではやはり『オメガの男体など』と貶されるので、誰も彼も、表立ってオメガ男体を家族に手厚く迎え入れはしないし、ましてや番の契約など結ばない。

 まったく、言っている事とやっている事が真逆で滑稽な事だ。

 今までの奏は、そんな打算に満ちた恋情など嘘だと目を背けていたが、これこそが現実だ。

 汚い現実こそが、リアルな世界だ。


 いい加減に、こっちも目を覚まして現実を迎え入れようでないか。


『それでいいですね、馬淵さん? 僕達は極力会わないようにしましょう』

 笑い出したいのを堪えながらそう訊ねると、渋々馬淵は頷いた。

 まったく、こいつら、笑わせくれる。

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