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しおりを挟む「正嘉さん、どうしました? 」
母親の声に、正嘉は不機嫌そうな顔で振り返る。
正嘉の義理の母であるこの女はまぁまぁ美しいが、ただそれだけだ。
プライドが高いだけで頭がいいワケでもないし、何か他に秀でた所などあるワケでもない。
本当につまらない普通のオメガの女だ。
実家が金持ちでなければ、父親も、絶対にこんな女とは番にならなかったと思う。
それに、この女は周囲に対して随分と偉そうにしているが、正嘉の父親の子供をまだ一度も身籠っていない。
正真正銘の、出来損ないのクズだ。
それならまだ、正嘉の母親の方が上ではないか。
男体の身で正嘉を産んで、この家の血を繋げたのだから。
「なんだよ、ババァ」
「ばっ――そ、そんな言い方はないんじゃないですか? 私はあなたの母ですよ! 」
「母、ねぇ」
フンと鼻で笑い、正嘉は身を起こした。
「で、今度はなんだよ? あっちこっちの変な女と見合いばっかりさせてよ。オレ、まだ14だぜ? 分かってんのかよ? 」
正嘉の言い草に、義母はカッとしたようだ。
だが、この正嘉は間違いなく青柳家の跡取りだ。
怒りに任せてヒステリーを起こして騒いでは、自分の方が不利になる。
下手をしたら離縁され、実家に帰されてしまう。
出戻りのオメガなど、ただ惨めなだけだ。
――――そう思い直したか、ゴホンと咳払いをすると、義母は妙な猫撫で声に口調を変えて、話し掛けてきた。
「そ、そうですわね。しかし、正嘉さんは立派な家のオメガの女性と、この度正式に婚約しましたでしょう? それについての話しがあると、お父さまがお呼びですよ」
「婚約、ねぇ――」
そう言えば、数年前にもそんな話があったな。
正嘉はふとそう思い、話を振った。
「あのさ、オバサン。何年か前にも、オレんちに誰か来たよな? 」
「何です、それは? 」
「う~ん……オメガの婚約者だとか番だとか、そんな事を言っていたな――」
記憶を手繰り寄せ、正嘉は言う。
「そうそう、確か、すげー地味な顔をしている男でさ。オメガの男は美人が多いって聞いていたから、オレ、ちょっと肩透かし喰らったんだよ、その時」
でも、どこか――懐かしい気がした。
地味だが……素朴な容姿に、ふわりとした優し気な眼差し。心地いい声。
そうだ、記憶の中に残っている母親と、その男は少し似ていたのだ。
そして――――一体、自分は彼に何と言ったっけ?
そう回想していたら、フフっという声が聞こえた。
ムッとして見遣ると、義母がお見通しだというように嗤っていた。
「ああ――――オメガの少年が、5年前に来た時の話かしら? 正嘉さんの婚約者だと言って、結城家がいつまでも粘って……あの時は本当にねぇ、ほほほ」
ひとしきり笑うと、義母は正嘉に底意地の悪い事を言った。
「さては正嘉さん。この度婚約した御令嬢より、あの時のオメガの少年の方が良かったと思ってるんじゃありません? 」
「っ! 」
「そういえば、あなたの実母も……オメガの――」
「黙れっ! 」
正嘉は激怒して、バンっと壁を殴った。
その剣幕に、義母はビクリと固まる。
「な、なっ……」
「このオレが、オメガの男なんて相手にするワケがないだろう! あんまりふざけた事を言うと、この家から追い出すぞ! このクソババァ!! 」
烈火のように怒る正嘉の声に気付いたのか、世話係の宮内が部屋へと入室してきた。
「どうなさいました、正嘉さま? 」
「このババァが、オレを侮辱したんだ! 宮内、どう思う!? 」
「侮辱? 」
「オレが、男のオメガに気があるって! キモイ変なこと言ったんだ!! 」
子供らしい意見に、宮内と呼び捨てられた世話係は宥めるように声を掛ける。
「それはそれは……ですが、お母さまに対してそんな呼び方をしてはダメですよ、正嘉さま」
「宮内も、こいつの味方をするのか! 」
「いいえっ! そういう意味では……」
「じゃあ、お前はオレの味方だな!? 」
「正嘉さま――」
今度は、宮内と正嘉が揉め始めた。
しかしその時、義母は二人ではなく、窓から外の様子を見ていた。
――――アレは……。
ニヤリと笑い、義母は正嘉に向かい直る。
「――それでは正嘉さん。私の前で、今言った事を繰り返せますかしら? 」
「なに? 」
「ふふ……」
嫌な笑い方をすると、義母は暗い窓の外を指差した。
「あの人物に、見覚えがあるんじゃありませんか? 」
何を言っているんだ――と思いながらその方向を見遣ると、門の前でインターフォンに向かい何か必死に喋っている人物の姿が目に入った。
(あいつは……? )
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