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 奏は、必死に走っていた。

 ポケットに小銭入れを入れていたので、ルームシェアしているアパートまではギリギリ帰れる。

 だが、今奏が向かっている先は、そこではない。

 奏が息を切りながら向かう先は、青柳の家であった。

 そう、奏は、正嘉に逢おうとして必死に足を動かしていた。

(お父さまやお母さまは、馬淵さんとの婚約を進めるつもりのようだけど――僕は、絶対に嫌だ! あの人は、僕の魂の番なんかじゃない! 僕の運命の人じゃない!! )

 奏は、七海ほどではないが、それなりにプライドもあった。

 幼少の頃から、アルファの番となるべく育てられたのだ。

 正嘉に相応しい番になるように、様々な教養を身に付けた。相当に努力した。

 それが、今になって――成金のベータの番になれと!? 

 そんなのは、絶対に受け入れられない!

――――それに……。

(きっと、正嘉さまはこの事を知らないんだ! )

 奏は、そう直感していた。

(僕の事は、死んだとか他に番が出来たとか……周囲にアレコレと勝手な事を吹き込まれて、正嘉さまも仕方なしに、違うオメガの女性と――――婚約する事に、承諾したに違いないっ)

 それに、まだ正嘉は14歳になったばかりの筈だ。

 疑う事を知らない、無垢な少年ではないか。

 だったら、他人のつく嘘や根拠のない噂話も、簡単に信じ込んでしまうだろう。

 ならば、勇気を出して――――奏が直接彼に逢って、今こそ言うべきだ。

 結城奏は、あなたをずっと想っていた。

 いつかあなたと番になり、愛のあふれる家庭を作る事を。

 ずっと、ずっと――――願っていたと。

 奏が直接会いに行けば、当然、青柳家ではそれを妨害するだろう。

 今まで、ずっとそうだったのだから。

 十中八九、奏が今まで投函した手紙は正嘉に届いていない。

 もしも届いていれば、こんな事にはなっていない筈だろうから。

 しかし、今度は臆さず、逃げずに頑張ってみよう。


 なじられても、ののしられても、棒で追い遣られ、水を掛けられても――――耐えて……必ず正嘉に伝えるのだ。


 奏の、正直な気持ちを。


(僕は――――5年前は発情期が来る前で、まだ成熟したオメガではありませんでしたが……それでも、あなたにあった時は運命というものを感じました。この人と、番になるのだと自然と思いました)

 正嘉にはバカと言われたり、本当に初対面は散々ではあったが――――でも、奏は微かにだったが、運命を感じていた。




 この人こそ、魂の番だと。



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