ナラズモノ

亜衣藍

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   ◇

 夢を、見ていた。

 とっくに顔も忘れたはずの両親が、仲良く笑い合いながら、オレの両手をそれぞれ右手左手に繋いで、夕日の当たる丘を歩いている……遠い昔の夢だ。

 その日は三人で、どこかのスーパーに買い物に行った帰りだった。

 今夜は、カレー。

 スーパーでは、カレーに何の肉を入れるかで、ちょっとだけ揉めた。母親は豚肉がいいと言い、父親は牛肉がいいと言う。


――――ひーくんはなにがいい?


 オレの眼を覗き込むようにして、両親は微笑みながら訊いてくる。

 あのね、オレはねぇ……。

 そうだ。

 オレはあの時、鶏肉が食べたいと答えたんだ。

 仕方ないなと両親は微笑み、オレのリクエスト通りに鶏肉を買った。

――――あのね、おかあさんのカレー、すっごい好きだよ。

 だから、作ってくれるなら、何の肉を使おうが本当はどうでもいい。

 でも、オレの好きなカレーを作ってくれようとする母親と、父親の愛情が嬉しかった。

――――ひーくんは本当に可愛いわねぇ。幼稚園でもモテモテでしょう?

 もう、やめてよ。

 頭なんて撫でないでよ。

 小さい子みたいで恥ずかしいじゃないか。

 照れくさくて、オレは頭を振る。

――――オレ、それもつ!

 父親の、もう片方の手に提げていた買い物袋を見て、オレは声を上げた。

 両親と繋いでいた手をパッと離して、その買い物袋を奪い取る様に掴むと、オレは駆け出して後ろを振り向く。

――――こんなの、軽いもん。オレが持ってやるよ。

 元気な声でそう宣言すると、両親はまたニッコリと笑った。

――――転ばないように、気を付けて歩くんだぞ。

 分かってるよ、そんなの。

 オレはもう、小さな子じゃないんだから。

   ◇

 ああ、あれが……幸せだった頃の、家族最後の記憶か。

 いい思い出など一つもないと思っていたが、一つくらいはあったんだな。

 オレはもう、小さな子じゃないんだから……か。

 まだ幼稚園に通っている歳のくせに、生意気言いやがって。

 我が事ながら、何となく微笑ましいような照れくさいような気になる。

 そして――――分かってしまった。

 ユウが、オレに向かい『勘違いをしている』と言った意味を。

(そうか、そうだな……お前も、もう小さな子じゃないんだな……)

 親に庇護され守られ、大切にされなければ生きていけない子供ではない。

 マンションまで買って、部屋を用意した。

 ミュージシャンになる夢を見ているというユウの為に、芸能事務所まで手掛けた。

 だが、どれもこれも全部、決してユウは望んでいない。手を貸してくれ、協力してくれなんて……ユウは、一言もそんな事を言っていないのだ。

 かつて、己の力で勝負し、戦うと決めて上京したオレも、今のユウと同じ歳だった。

 オレはもう、小さな子じゃない。

 生きようが死のうが、全部自分で決める!

 あんたはそこで、黙って見ていろ、と。

(親子そろって――――そういう所は似ちまったか)

 人生のレールは自分で敷く。

 おせっかいは、ご免だ。

 そういう、事なんだろう。

 だけど、もしも躓いたら……その時こそは、手を貸してもいいだろう? 

(なぁユウ? それくらいはいいよな? )

 お前を愛しているのは、本当なんだから。

 うざい父親になっちまうが、それくらいは勘弁してくれよ。

 聖は、少し哀しいような嬉しいような困ったような――何とも言えない気分になって、微笑する。

――――さっきから、どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 とても心地いい声だ。

 ずっと聴いていたい、水底に誘うセイレーンの歌声のようだ。

 その声に誘わる様に、意識は水底ではない、海面へと浮上する。

 目を覚ませと、声は言う。

 自分を見ろと、声は叫ぶ。

(ユウ――――? )



 そして、聖は目覚めた。




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