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これ程の情熱であれば、聖の眼を現実に向けることも可能かと。
だが、その結果がこれだ。
聖は傷つき、死にかけている。
この男は己の欲望を押し付けるだけで、聖の拠り所にはならない。
(オレが、あと二十年若かったら、そもそもこんなクソガキなんぞに頼りゃあしなかったんだがな)
正弘は史郎を睨みつけながら、口を開く。
「金輪際、ツラぁ見せんなと言ったのは、ついさっきだぜぃ? よくもまぁ来れたもんだなぁ? 」
「――――オレは、あんたが嫌いだ。あいつの初めての男だって聞いた時からな」
「ほぉ? 」
「ずっと、あんたが邪魔だった。あいつの心を占めているのは、あんただと思っていたからな」
「ふん? 」
「だが、違う。あいつはもっと違う方を見ている。あんたはそれを知っているのか? 」
史郎の問いに、正弘は答えを返す。
「そんなの、とうに知ってるさ。だからオレも、あいつの眼を覚ますためにぁ、お前が必要だと思ったんだ。だが、とんだ見込み違いだったぜ。お前はあいつを傷付けてばかりで、ちっとも役に立ちぁしねぇ」
「それは――しかたねぇだろう。オレは、こんな愛し方しか知らねぇんだ」
「へぇ? 愛だって? 」
皮肉気に言う正弘の挑発に乗らず、史郎は続ける。
「笑うなら笑え。オレは、あんたが昔、あいつを連れて年始参りに来た時から――――あいつに惚れてんだ。何が何でもオレのモノにすると親父も説き伏せて、無理やり囲った。昔気質の親父は、あんたに対してその時の引き目をずっと感じている」
「――――それは知ってるよ。あんたのトコの親父さんは、それ以来オレんとこには上納金を収めろなんて言って来なくなったしな」
結果的に、天黄はそれで大きくなった。
もちろん聖の助力もあるが、上からのシノギの要求が無くなったのが大きく起因している。
財力だけなら、もう青菱を凌ぐだろう。
悔し気に、史郎は言う。
「このままだと、天黄は青菱と並ぶ。そうなれば、もう聖を繋ぎ止めておけないと思った。だからオレは、新しいビジネスに手を出し――…」
「そのせいで聖が死にかけてんだろがっ!!」
その大喝に、史郎も病院関係者も、思わず首をすくめた。
「てめぇの不始末を、人のせいにすんな! 全部おめぇが下手打ったせいじゃねぇか! あんな、右も左も分からんようなクソどもを相手に、新しい商売なんて出来っかよ!? 半グレなんざ、極道と違って根性も気合も道理も何もねぇただのガキだ! そいつら相手にソロバンなんざ弾いてんじゃねーよ! 分かったら、とっとと、てめぇも出て行きやがれ! 」
裂帛の気合に、さしもの史郎も後退りする。しかし、やはり立ち去りはしない。
もしも、このまま今生の別れとなったら――その未練が足を止める。
だが次の正弘の言葉が、史郎の未練を絶った。
「おめぇがいつまでもここにいやがると、聖が……最期に会いたがっているヤツをここに呼べねぇんだ。だから、出て行ってくれや」
つまりそれは、
「――あいつが、ずっと見ていた……あんた以外の大本命か? 」
史郎の呻くような声に、正弘は頷いた。
「ああ、そうだ」
「……教えてくれ。そいつは、いったい何なんだ? 」
聖からは、そいつに対する感情は、色恋の匂いは奇妙なほどにしない。
史郎が聖に対して抱いているような感情ではないと、さすがに分かる。
「オレはずっと不思議で……だから余計にそいつに嫉妬したんだ。そいつの事を知ってるなら、教えてくれ」
最早いつも史郎を覆っていた狂気はない。
真摯な男の眼差しに、正弘は嘆息しながら答えた。
「――――あいつの、血を分けた子だ」
その答えに、全ての合点がいった。
あれだけ必死になって、いつもいつも頑張って耐えて…………耐え続けて。
あんな、誰もいない部屋まで用意して。
空っぽの空間を埋めるであろう、愛しい我が子の存在を心の拠り所にしていたのか。
「そう……か――子供、だったのか……」
「てめぇ、もしも聖の子を人質に取りやがったら――」
天黄と青菱の全面戦争も辞さないと言いかけたが、
「……そんなの、しねぇよ」
と、史郎はポツリとだけ言い、静かにその場を立ち去った。
だが、その結果がこれだ。
聖は傷つき、死にかけている。
この男は己の欲望を押し付けるだけで、聖の拠り所にはならない。
(オレが、あと二十年若かったら、そもそもこんなクソガキなんぞに頼りゃあしなかったんだがな)
正弘は史郎を睨みつけながら、口を開く。
「金輪際、ツラぁ見せんなと言ったのは、ついさっきだぜぃ? よくもまぁ来れたもんだなぁ? 」
「――――オレは、あんたが嫌いだ。あいつの初めての男だって聞いた時からな」
「ほぉ? 」
「ずっと、あんたが邪魔だった。あいつの心を占めているのは、あんただと思っていたからな」
「ふん? 」
「だが、違う。あいつはもっと違う方を見ている。あんたはそれを知っているのか? 」
史郎の問いに、正弘は答えを返す。
「そんなの、とうに知ってるさ。だからオレも、あいつの眼を覚ますためにぁ、お前が必要だと思ったんだ。だが、とんだ見込み違いだったぜ。お前はあいつを傷付けてばかりで、ちっとも役に立ちぁしねぇ」
「それは――しかたねぇだろう。オレは、こんな愛し方しか知らねぇんだ」
「へぇ? 愛だって? 」
皮肉気に言う正弘の挑発に乗らず、史郎は続ける。
「笑うなら笑え。オレは、あんたが昔、あいつを連れて年始参りに来た時から――――あいつに惚れてんだ。何が何でもオレのモノにすると親父も説き伏せて、無理やり囲った。昔気質の親父は、あんたに対してその時の引き目をずっと感じている」
「――――それは知ってるよ。あんたのトコの親父さんは、それ以来オレんとこには上納金を収めろなんて言って来なくなったしな」
結果的に、天黄はそれで大きくなった。
もちろん聖の助力もあるが、上からのシノギの要求が無くなったのが大きく起因している。
財力だけなら、もう青菱を凌ぐだろう。
悔し気に、史郎は言う。
「このままだと、天黄は青菱と並ぶ。そうなれば、もう聖を繋ぎ止めておけないと思った。だからオレは、新しいビジネスに手を出し――…」
「そのせいで聖が死にかけてんだろがっ!!」
その大喝に、史郎も病院関係者も、思わず首をすくめた。
「てめぇの不始末を、人のせいにすんな! 全部おめぇが下手打ったせいじゃねぇか! あんな、右も左も分からんようなクソどもを相手に、新しい商売なんて出来っかよ!? 半グレなんざ、極道と違って根性も気合も道理も何もねぇただのガキだ! そいつら相手にソロバンなんざ弾いてんじゃねーよ! 分かったら、とっとと、てめぇも出て行きやがれ! 」
裂帛の気合に、さしもの史郎も後退りする。しかし、やはり立ち去りはしない。
もしも、このまま今生の別れとなったら――その未練が足を止める。
だが次の正弘の言葉が、史郎の未練を絶った。
「おめぇがいつまでもここにいやがると、聖が……最期に会いたがっているヤツをここに呼べねぇんだ。だから、出て行ってくれや」
つまりそれは、
「――あいつが、ずっと見ていた……あんた以外の大本命か? 」
史郎の呻くような声に、正弘は頷いた。
「ああ、そうだ」
「……教えてくれ。そいつは、いったい何なんだ? 」
聖からは、そいつに対する感情は、色恋の匂いは奇妙なほどにしない。
史郎が聖に対して抱いているような感情ではないと、さすがに分かる。
「オレはずっと不思議で……だから余計にそいつに嫉妬したんだ。そいつの事を知ってるなら、教えてくれ」
最早いつも史郎を覆っていた狂気はない。
真摯な男の眼差しに、正弘は嘆息しながら答えた。
「――――あいつの、血を分けた子だ」
その答えに、全ての合点がいった。
あれだけ必死になって、いつもいつも頑張って耐えて…………耐え続けて。
あんな、誰もいない部屋まで用意して。
空っぽの空間を埋めるであろう、愛しい我が子の存在を心の拠り所にしていたのか。
「そう……か――子供、だったのか……」
「てめぇ、もしも聖の子を人質に取りやがったら――」
天黄と青菱の全面戦争も辞さないと言いかけたが、
「……そんなの、しねぇよ」
と、史郎はポツリとだけ言い、静かにその場を立ち去った。
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