ナラズモノ

亜衣藍

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5-2(畠山ユウの記憶)

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   ◇

 触るなよ、バイキン。

 お前に近寄るとバイキンがうつって病気になるって、みんな言ってるぞ。

 だから、こっち見るなよ。

 目が腐るだろうが!

 気持ち悪いんだよ!

 この病原菌!!
 
   ◇

 畠山ユウは、ひどい偏見と悪意の中で、十五の歳になるまで殆ど誰とも喋らず育った。

 ただ、畠山の家から毎月小屋へ放り投げられるカネと、父親の使いだという男から託されるカネだけはコツコツと貯めていたので、十五にして二百万ものカネが貯まっていた。

 中学を卒業したら、普通なら高校だ。

 だが、進路に関しても誰もが一切無関心で、何か希望があればそれを紙に書いて、ポストに入れろとだけ告げられた。必要に応じて、カネは用意すると。

 そう、カネだけは用意してくれるのだ。

 お陰で飢えることなく、この歳まで生きることができた。

 だから、感謝しろと?

 衣食住を提供してもらったのだから、それを喜べと?

 小屋で飼育する家畜以下の扱いで、一切の愛情も言葉も掛けてもらえなかったのに?

「……」

 ミャーミャーと鳴く、賑やかなウミネコの声を遠くに聴きながら、ユウはいつも海を見ていた。海は静かだと言う人もいるが、それは嘘だ。

 ここは、とてもいつも賑やかだ。

 ウミネコの声、潮騒の音。

 潮の香を吸い込み、フゥと息をつく。

 大嫌いなこの町とは、今日でお別れだ。

 二度と、ここに戻ってくることはないだろう。

 今日、上京する。

――――東京に行く。


 その人生の一大進路を、意を決して告げるべき相手は、ユウには誰一人としていなかった。

 ただ、父親の使いだという人からは、時々カネと一緒に手紙が渡されていたが。

『いつも、お前を想っている』

『事情があって今は迎えに行ってやれないが、いつか必ず一緒に暮らしたい』

『お前を愛している。毎日お前の事を考えている』

 今まで、ただの一度も姿を見せなかった相手の、そんな手紙の内容を信じるほど、ユウは能天気ではなかった。

――――大人など、誰も信用できない。

 表ではキレイな事を言うが、裏では何を言っているか分かったものではない。

 ユウの境遇に涙を流し、同情的だった者もいたが、それらも全部ウソだった。

『あいつは見た目は綺麗だけど、陰気で気味が悪い。ろくに喋ったところも見たことがないし。みんなが嫌うのも当然だよ。そのうち、なにか仕出かすんじゃないかねぇ? 』

 信用しかけていた大人の一人が、笑いながら、集会でそう他の大人たちと会話を交わしているのを盗み聞いたとき、もう何者も信用するのは止めようと思った。

 二度と、誰も信じてはならない。

 断じて、何者も頼ってはならない。

――――父親の使いだという男には、とりあえず上京する事は伝えた。

 男はしつこく日時を聞いてきたので、完全に人間不信に陥っていたユウは、わざとウソの日時を教えた。


 男には一日遅れの日時を教え、自分はその前の日に上京することにした。


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