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後日談
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「――ちょうど、メシも来たところだ」
カウンターの雰囲気を察したか、自然な様子でマスターが現われた。
「お待たせしました」
ミトンを装着したその手には、美味しそうな匂いを放つチーズグラタンが乗っている。
「どうぞ、私の特製料理です。我流ですが、中々の評判ですよ」
「おお、こりゃあ旨そうだ」
お世辞ではない賛辞に、マスターも心持ち嬉しそうに答える。
「ありがとうございます。このグラタンには、白ワインの辛口が特におススメです。本日、よいお酒が入っております。御堂様も、宜しければすぐにお出しできますが?」
「ああ。そうしろ、そうしろ。しっかりメシを食って、もっと肉をつけろ。お前、ちょっと痩せただろう? 細過ぎだぞ」
聖は、熱心に引き留める碇に苦笑する。
そうしながら、するりとストールから立ち上がった。
「気持ちは嬉しいが、今夜は退散するよ」
「おい――」
「……用事が出来たからな」
「用事? 最後の一杯も付き合わない気か?」
「なら、代わりにオレの飲み代を払っておいてくれ。次はオレが奢る」
そう言い残すと、聖は店を出て行ってしまった。
バタンと閉じた扉へ、未練有り気に視線を注ぐ碇に、マスターは静かに声を掛ける。
「何かお作りしましょうか?」
「ああ、そうだな――」
溜め息をつくと、碇はカウンターへ向き直った。
「それじゃあ、マスターの特製グラタンに合うって言う、おススメの白ワインを頼む。……ところで、あいつ……もしかして、ずっとここでオレを待っていたのか?」
碇の言葉に、マスターはyesかNoか判断のつかない微笑みを浮かべる。
「さぁ、どうでしょうか? 私はただ、お客様に美味しいお酒を出すのが仕事ですから」
「――さすが、上手いな」
マスターの客あしらいは一流だ。
相手が誰であろうと、易々と客の情報は漏らさない。
それが不快にならないのもまた、一流の証だろう。
「有名ホテルから引き抜いたバーテンダーは、やはり手強いな」
「ありがとうございます。それに、御堂様については、オーナーご自身で解き明かしていった方が、楽しみもあるのでは」
「……そうだな」
十五からの付き合いだ。
御堂聖の事なら何でも知っていると言いたいが、二年前までは、ヤツに子供がいるなんて全然知らなかった。
聖に関して、自分が知らない事がまだまだあるのだと思い知らされた。
今回の事にしたって、そうだ。
笊川多生なんて野郎の名前も、殺された関川の事も碇は全く知らない。
それが腹立たしく悔しい気もするが、十五からの付き合いにも拘らず、それを全く知らなかった事がむしろ、意外で痛快で面白い気もする。
(さて、用事があると去って行ったが……)
聖の言う『用事』が何なのかは、大体の予想は付いているが。
次に会った時に、答え合わせをしてみるか?
「今度は、うんと高い酒をしこたま飲んで、あいつに奢らせてやるかな」
碇のセリフに、マスターはニコリと微笑んでいた。
カウンターの雰囲気を察したか、自然な様子でマスターが現われた。
「お待たせしました」
ミトンを装着したその手には、美味しそうな匂いを放つチーズグラタンが乗っている。
「どうぞ、私の特製料理です。我流ですが、中々の評判ですよ」
「おお、こりゃあ旨そうだ」
お世辞ではない賛辞に、マスターも心持ち嬉しそうに答える。
「ありがとうございます。このグラタンには、白ワインの辛口が特におススメです。本日、よいお酒が入っております。御堂様も、宜しければすぐにお出しできますが?」
「ああ。そうしろ、そうしろ。しっかりメシを食って、もっと肉をつけろ。お前、ちょっと痩せただろう? 細過ぎだぞ」
聖は、熱心に引き留める碇に苦笑する。
そうしながら、するりとストールから立ち上がった。
「気持ちは嬉しいが、今夜は退散するよ」
「おい――」
「……用事が出来たからな」
「用事? 最後の一杯も付き合わない気か?」
「なら、代わりにオレの飲み代を払っておいてくれ。次はオレが奢る」
そう言い残すと、聖は店を出て行ってしまった。
バタンと閉じた扉へ、未練有り気に視線を注ぐ碇に、マスターは静かに声を掛ける。
「何かお作りしましょうか?」
「ああ、そうだな――」
溜め息をつくと、碇はカウンターへ向き直った。
「それじゃあ、マスターの特製グラタンに合うって言う、おススメの白ワインを頼む。……ところで、あいつ……もしかして、ずっとここでオレを待っていたのか?」
碇の言葉に、マスターはyesかNoか判断のつかない微笑みを浮かべる。
「さぁ、どうでしょうか? 私はただ、お客様に美味しいお酒を出すのが仕事ですから」
「――さすが、上手いな」
マスターの客あしらいは一流だ。
相手が誰であろうと、易々と客の情報は漏らさない。
それが不快にならないのもまた、一流の証だろう。
「有名ホテルから引き抜いたバーテンダーは、やはり手強いな」
「ありがとうございます。それに、御堂様については、オーナーご自身で解き明かしていった方が、楽しみもあるのでは」
「……そうだな」
十五からの付き合いだ。
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聖に関して、自分が知らない事がまだまだあるのだと思い知らされた。
今回の事にしたって、そうだ。
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それが腹立たしく悔しい気もするが、十五からの付き合いにも拘らず、それを全く知らなかった事がむしろ、意外で痛快で面白い気もする。
(さて、用事があると去って行ったが……)
聖の言う『用事』が何なのかは、大体の予想は付いているが。
次に会った時に、答え合わせをしてみるか?
「今度は、うんと高い酒をしこたま飲んで、あいつに奢らせてやるかな」
碇のセリフに、マスターはニコリと微笑んでいた。
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