彼が恋した華の名は:4

亜衣藍

文字の大きさ
上 下
86 / 103
後日談

-5

しおりを挟む
「――ちょうど、メシも来たところだ」

 カウンターの雰囲気を察したか、自然な様子でマスターが現われた。

「お待たせしました」

 ミトンを装着したその手には、美味しそうな匂いを放つチーズグラタンが乗っている。

「どうぞ、私の特製料理です。我流ですが、中々の評判ですよ」
「おお、こりゃあ旨そうだ」

 お世辞ではない賛辞に、マスターも心持ち嬉しそうに答える。

「ありがとうございます。このグラタンには、白ワインの辛口が特におススメです。本日、よいお酒が入っております。御堂様も、宜しければすぐにお出しできますが?」

「ああ。そうしろ、そうしろ。しっかりメシを食って、もっと肉をつけろ。お前、ちょっと痩せただろう? 細過ぎだぞ」

 聖は、熱心に引き留める碇に苦笑する。
 そうしながら、するりとストールから立ち上がった。

「気持ちは嬉しいが、今夜は退散するよ」
「おい――」
「……用事が出来たからな」
「用事? 最後の一杯も付き合わない気か?」
「なら、代わりにオレの飲み代を払っておいてくれ。次はオレが奢る」

 そう言い残すと、聖は店を出て行ってしまった。
 バタンと閉じた扉へ、未練有り気に視線を注ぐ碇に、マスターは静かに声を掛ける。

「何かお作りしましょうか?」
「ああ、そうだな――」

 溜め息をつくと、碇はカウンターへ向き直った。

「それじゃあ、マスターの特製グラタンに合うって言う、おススメの白ワインを頼む。……ところで、あいつ……もしかして、ずっとここでオレを待っていたのか?」

 碇の言葉に、マスターはyesかNoか判断のつかない微笑みを浮かべる。

「さぁ、どうでしょうか? 私はただ、お客様に美味しいお酒を出すのが仕事ですから」
「――さすが、上手いな」

 マスターの客あしらいは一流だ。
 相手が誰であろうと、易々と客の情報は漏らさない。
 それが不快にならないのもまた、一流の証だろう。

「有名ホテルから引き抜いたバーテンダーは、やはり手強いな」
「ありがとうございます。それに、御堂様については、オーナーご自身で解き明かしていった方が、楽しみもあるのでは」
「……そうだな」

 十五からの付き合いだ。
 御堂聖の事なら何でも知っていると言いたいが、二年前までは、ヤツに子供がいるなんて全然知らなかった。
 聖に関して、自分が知らない事がまだまだあるのだと思い知らされた。

 今回の事にしたって、そうだ。
 笊川多生なんて野郎の名前も、殺された関川の事も碇は全く知らない。

 それが腹立たしく悔しい気もするが、十五からの付き合いにも拘らず、それを全く知らなかった事がむしろ、意外で痛快で面白い気もする。

(さて、用事があると去って行ったが……)

 聖の言う『用事』が何なのかは、大体の予想は付いているが。
 次に会った時に、答え合わせをしてみるか?

「今度は、うんと高い酒をしこたま飲んで、あいつに奢らせてやるかな」

 碇のセリフに、マスターはニコリと微笑んでいた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

真面目な部下に開発されました

佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。 ※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。 救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。 日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。 ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

インテリヤクザは子守りができない

タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。 冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。 なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...