彼が恋した華の名は:4

亜衣藍

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後日談

愛と罠

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「いらっしゃいませ」

 いつものバーを訪れたところ、見知った顔がいた。

 その男の名は、御堂聖。

 普段はきっちりと髪をセットして、フルオーダーのスーツを纏い、美しく冷徹な社長然としているが。
 今は無造作に髪を下ろし、着古したような革ジャンにスキニーデニムパンツという出で立ちだ。
 その姿は、社長然としている常の姿とは、まったくの別人に見える。

――――いいや、昔のようで懐かしいというか。

「よう、最近よく合うな」

 そう声を掛けたところ、相手は半分酔ったような顔でグラスを掲げて見せた。

「……そう言うあんたは、縄張りの見回りか?」
「いいや、さすがにもうこの歳で、そんな事はしねぇよ。家に帰る前に一杯飲みたくなっただけだ。この店のマスターの作る酒は、オレの好みに合っているからな」

 碇はそう言うと、マスターへ「いつもの」と声を掛けた。
 そうして、聖の隣のストールへ腰掛けるが。

「――隣に座って良いなんて、言ってねーぞ」

 つれないセリフに、碇は腹を立てる事なく苦笑いを浮かべる。
 長い付き合い故に、分っているが。
 聖のこのセリフは『隣へ座ってもいいぞ』という意味だ。
 だから碇が隣へ座ると、聖は特に異議を唱える事無く、ゴクリと酒を飲み干した。

「おいおい、随分酔っているようだな? いつから飲んでるんだ?」

 碇が呆れてそう言うと、相手はフンっと鼻で笑った。

「そんな、酔ってねーよ」
「……本当かよ」

 チラリとマスターを見遣ると、そこは流石はプロ。

 この店のオーナーである碇へ、小賢しく告げ口する事も無く、緩やかに微笑んで『個人によって酔いの塩梅・・は違いますからね』と受け流す。
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