3 / 103
1 Benefactor
1-1
しおりを挟む場所も選ばずに、ただ「近い」という理由だけで、見るからに安っぽいラブホテルへと入った。
休憩か宿泊かを選び、ただヤル事だけが目的で泊まるような宿など、ここ何年も利用した事がない。
――――しかも今回、誘ったのは聖の方だ。
いつもならば、そこそこ格式のあるホテルしか使用しない彼にとっては、これは本当に稀な事だ。
自分で金を出すにしても、逆に出させるにしても、こんな安宿など敬遠する。
しかし今の聖には、そんな選り好みなどしている余裕はなかった。
そのくらい、聖は我慢の利かない状態であった。
何故なら、ずっと行方の分からなかった多生が、こうして目の前に現れたのだから。
これが夢で終わる前に、聖は、何がなんでも現実として彼を捕まえておきたかった。
まるで、もう何処にも行かないでと、縋り付く子供のように。
「ああ、ターさん……」
部屋に入ると同時に、聖は、自分より頭一つ高い位置にある多生の首へと両腕を回した。
こんなにあなたを想っていたのだと、情熱を溢れさせるように。
「――ずっと会いたかった」
そのままキスをしようと顔を近づけるが、それは優しく制止された。
「待ちな、聖」
「え?」
「歓迎してくれるのは有り難いが。この通り、臭ぇし汚ねぇだろう? この一ヵ月、全然風呂にも入ってないからな」
確かに、本人が言う通り、その全身からは不快な異臭が漂っていた。
着ている服も、ずっと同じ物だったのだろう。
汗染みで変色し、しかも泥に汚れていて、お世辞にも清潔な格好とは言えない。
それに対して聖は、クスリと笑みを返した。
「なら、一緒にシャワーを浴びよう。昔みたいにさ」
誘い文句に、多生は目を細める。
「昔は、泣いて嫌がっていたクセに」
「そうだったか? 忘れたよ、そんな昔の事は」
聖はそう嘯くと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
口ではそう言うが、聖が忘れる訳がない。
あの辛かった過去の日々にあって、多生の存在がどれだけ聖の救いになった事か。
――――男に抱かれるという、現実。
それは苦痛で屈辱に塗れた、悪夢のような出来事であった。
聖は元々、決して同性が好きなわけではない。
セックスするなら、自然に異性をパートナーに選ぶ。
にも拘らず、聖は己の意志も自尊心も何もかもを強引にねじ伏せられ、打ち砕かれる悲劇に遭っていた。
今から二十年前。
聖は青菱史郎という極道に見初められ、男の身でありながら、女のように突如囲われることになってしまったのだ。
それは、まさに青天の霹靂であった。
聖の恩人である天黄正弘の供の一人として、極道同士の顔合わせに付き従った故に起こってしまった、有難く無いハプニングだった。
(しかし史郎もオレも、男を愛するという行為にどう対応したらいいのか分からなくて、互いに傷つけあうような真似しか出来なかったんだよな)
特に、受け手であった聖の負担は相当なものだった。
年若い獅子のような男の、その精力に任せた暴力的なセックスは、快楽など一つも無いただの拷問であった。
あの当時、どれだけ青菱史郎を憎んだ事か。
……その頃を思い出し、聖は苦く微笑む。
(でも、この人のお陰で、オレは何とか乗り越える事が出来たんだ)
笊川多生。
この男がいなければ今頃どうなっていた事かと考えると、やはり感謝しかない。
「ターさん。今度はオレが、あんたをケアしてやるよ」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
真面目な部下に開発されました
佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。
※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。
救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。
日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。
ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
インテリヤクザは子守りができない
タタミ
BL
とある事件で大学を中退した初瀬岳は、極道の道へ進みわずか5年で兼城組の若頭にまで上り詰めていた。
冷酷非道なやり口で出世したものの不必要に凄惨な報復を繰り返した結果、組長から『人間味を学べ』という名目で組のシマで立ちんぼをしていた少年・皆木冬馬の教育を任されてしまう。
なんでも性接待で物事を進めようとするバカな冬馬を煙たがっていたが、小学生の頃に親に捨てられ字もろくに読めないとわかると、徐々に同情という名の情を抱くようになり……──

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)

ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

負けず嫌いオメガは、幼なじみアルファの腕のなか
こたま
BL
お隣同士のベータ家庭に、同じ頃二人の男の子が産まれた。何でも一緒に競いあって育った二人だが、アルファとオメガであると診断され、関係が変わっていく。包容美形アルファ攻×頑張るかわいいオメガ受
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる