彼が恋した華の名は:4

亜衣藍

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 場所も選ばずに、ただ「近い」という理由だけで、見るからに安っぽいラブホテルへと入った。
 休憩か宿泊かを選び、ただヤル・・事だけが目的で泊まるような宿など、ここ何年も利用した事がない。

――――しかも今回、誘ったのは聖の方だ。

 いつもならば、そこそこ格式のあるホテルしか使用しない彼にとっては、これは本当に稀な事だ。
 自分で金を出すにしても、逆に出させるにしても、こんな安宿など敬遠する。

 しかし今の聖には、そんな選り好みなどしている余裕はなかった。
 そのくらい、聖は我慢の利かない状態であった。

 何故なら、ずっと行方の分からなかった多生が、こうして目の前に現れたのだから。

 これが夢で終わる前に、聖は、何がなんでも現実として彼を捕まえておきたかった。
 まるで、もう何処にも行かないでと、縋り付く子供のように。

「ああ、ターさん……」

 部屋に入ると同時に、聖は、自分より頭一つ高い位置にある多生の首へと両腕を回した。
 こんなにあなたを想っていたのだと、情熱を溢れさせるように。

「――ずっと会いたかった」

 そのままキスをしようと顔を近づけるが、それは優しく制止された。

「待ちな、聖」
「え?」
「歓迎してくれるのは有り難いが。この通り、臭ぇし汚ねぇだろう? この一ヵ月、全然風呂にも入ってないからな」

 確かに、本人が言う通り、その全身からは不快な異臭が漂っていた。
 着ている服も、ずっと同じ物だったのだろう。
 汗染みで変色し、しかも泥に汚れていて、お世辞にも清潔な格好とは言えない。
 それに対して聖は、クスリと笑みを返した。

「なら、一緒にシャワーを浴びよう。昔みたいにさ」

 誘い文句に、多生は目を細める。

「昔は、泣いて嫌がっていたクセに」
「そうだったか? 忘れたよ、そんな昔の事は」

 聖はそううそぶくと、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
 口ではそう言うが、聖が忘れる訳がない。
 あの辛かった過去の日々にあって、多生の存在がどれだけ聖の救いになった事か。

――――男に抱かれるという、現実。

 それは苦痛で屈辱に塗れた、悪夢のような出来事であった。
 聖は元々、決して同性が好きなわけではない。
 セックスするなら、自然に異性をパートナーに選ぶ。
 にも拘らず、聖は己の意志も自尊心も何もかもを強引にねじ伏せられ、打ち砕かれる悲劇に遭っていた。

 今から二十年前。

 聖は青菱史郎という極道に見初められ、男の身でありながら、女のように突如囲われることになってしまったのだ。
 それは、まさに青天の霹靂であった。
 聖の恩人である天黄正弘の供の一人として、極道同士の顔合わせに付き従った故に起こってしまった、有難く無いハプニングだった。

(しかし史郎もオレも、男を愛するという行為にどう対応したらいいのか分からなくて、互いに傷つけあうような真似しか出来なかったんだよな)

 特に、受け手であった聖の負担は相当なものだった。
 年若い獅子のような男の、その精力に任せた暴力的なセックスは、快楽など一つも無いただの拷問であった。
 あの当時、どれだけ青菱史郎を憎んだ事か。

……その頃を思い出し、聖は苦く微笑む。

(でも、この人のお陰で、オレは何とか乗り越える事が出来たんだ)

 笊川ざるがわ多生たお
 この男がいなければ今頃どうなっていた事かと考えると、やはり感謝しかない。

「ターさん。今度はオレが、あんたをケア・・してやるよ」
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