ヒネクレモノ

亜衣藍

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 歌謡祭は、もう一か月を切っている。
 ギリギリまで詳細が決定しなかったので、ユウに伝えるのも遅かった。
 今から新曲を作るのも、際どいところだろう。
 それなのに、スタッフの軽はずみな行動で、ユウを追い詰める事になるとは。

(急いで、辞退する必要はないから大丈夫だと言って安心させてやらないと)

 聖は直ぐに電話をかけた。
 何回かのコールの末、ユウが出る。

『はい』

「さっきは、スタッフがすまなかった! あれは間違いだ。お前は何も心配しなくていいからな」

『……間違いではないでしょう』

 力のない声に、聖の顔が険しくなる。

「どうした? 元気を出せ。お前はジュピターの看板だって言っただろう?」

 優しい、ユウにだけいつも優しい聖。
 だが、その優しさが残酷な時もあるのだ。

『聖さん……もう、オレに構わない方がいい。今回の件だけじゃない。半年後に予定しているってディナーショーも……頼むから中止してくれ。もうオレは、そんな価値もない終わった歌手なんだ』

「違う!」

『違わないよ。オレがそれに気づかないように、現実から無意識に目をそらしていただけなんだ。聖さんまで、オレの我儘に付き合わなくてもいい』

「お前は、まだ三十だろう! そのくらいの歳の歌手なんざ他に山程いるだろうが! どうして終わったなんて言うんだ!!」

 まだ三十ではない。もう、三十なのだ。
 十五でトップに上り詰めた分、飽きられるのも早かった。
 今のユウには、熱心なファンもほとんど残っていない。
 昔は『雪姫』と誉めそやし皆ユウの美声を讃えたが、今、そのファンはどこにいるというのか? 

 移ろいやすい夢のようなこの業界には、次々と新星が誕生し新たな華が咲く。
 そこへ、みんなが自然に流れて行った。
 それを責めることも詰ることもできはしない。
 流行り廃りとはそういうものだ。
 去年は人気だった服が、今年はもうデザインが古いと見做されて売れなくなるように。

 だが、それを言っても聖には通じないのだ。
 なぜなら、聖は盲目的にユウを愛しんでいるから。

 だから、残酷で無情な現実を、断じて認めず受け入れないのだ。

 聖が、ずっと変わりなくユウの味方でいてくれる事は、とても有難いし嬉しい事だが、同時にそれは余りに辛くて苦い。
 すぐ側が切り立った断崖絶壁なのに、ここを安全な平原だと信じ、目を逸らしながらいつまでも夢想しろというのか? 

『聖さん……あなたには感謝しているよ。昔から、オレの味方はあなただけだった。でも、こういうのはダメなんだ。いい加減にオレも目を覚まして、ちゃんとやり直したい』

「何がダメだ! オレはお前の為だったら幾らでも犠牲にして構わない!」

『……わかっている。あなたはそういう人だ。昔、暗闇から助けてもらった時から、あなたは変わらずオレの事を大切に思っていてくれている。あなたは、オレの命の恩人だ』

「だったら!」

『でも、いつまでもその厚意に甘えている場合じゃないよ。オレだって、もう自立しなきゃ』

「いいか、ユウ……とにかく、歌謡祭にはお前をエントリーした。これは決定事項だ。今は、新曲を間に合わせるの事だけに集中しろ。いいな?」

 聖はそれだけ言うと、電話を切った。
 そして、席を立つ。

「社長?」
「……真壁、車を出せ」
「どちらへ?」
「ユウのマンションだ。可哀想に……あいつ、声が震えていた」

 傍へ行って、元気づけてやらなければ。



 本当に、御堂聖は畠山ユウにだけは、無条件に異常なほど優しかった。
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