ヒネクレモノ

亜衣藍

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 畠山ユウの『歌手』へのこだわりは、業界では広く知られている。
 それならドラマの歌手役に打って付けだと、事務所が判断したのだろう。
 徐々にメディアへ顔を出して露出を多くしていき、再び業界へリベンジをという戦略だと思われるが。
 しかし、現場に漂い始めた不穏な空気に、若いスタッフやADはザワザワとする。
 そんな中、当の噂の本人が戸惑いがちに姿を現した。

「あの、オレ……」
「――ユウさんっ!」

 零はユウの姿が目に入ると、イスを蹴って立ち上がり、喜び勇んで彼の元へと走り寄った。

「オレです! Triangleの零です! 覚えていますか?」

 派手な金髪に、彫りの深い端正な顔立ち。まだ十代なのに、180近い高身長。
 そして何より、旬のアイドルらしく、眩しいばかりにキラキラ輝いている。
 最近会った中では、一番インパクトの強い男だった。
 濃いブルーの瞳も、忘れるハズがない。
 そして、ユウ自身の、あのバラエティ番組での失態と悪夢の全カット。

(――二度と思い出したくないな)

 ユウは引き攣った笑顔で、近寄って来る零に声を掛けた。

「ああ……久しぶりだね。今日は君だけ?」
「はい! オレ、このドラマはちょい役で、今回だけの出番なんですよ。ユウさんは?」
「オレも……路上ミュージシャン役でワンフレーズだけ歌う内容だから、セリフも無いし役者経験のない素人でも大丈夫だって。ロケ撮りも今日だけって事だけど――」
そこで、不安そうに現場を見渡しながら、ユウは戸惑った様子で続ける。
「役者が急病になったから、急遽、歌が出来るオレが代役に抜擢されたって……」

 ユウの困惑した眼差しに気づき、黒づくめの男はユウに近づいてきた。

「そうです、ユウさんに変更です。ちゃんと歌える役者の方が適任だと、社長が指示を出しました。台本を見る限り、セリフも入れない方がドラマの進みが自然だし、それなら俳優じゃなくて本職のミュージシャンに歌わせた方がストーリーは締まると」

「でも、急病って……さっきの人ですよね? 病気のようには見えなかった。それなのに、元々役者でもないオレが急にドラマに出るなんて……」

「あいつもジュピタープロの役者です。御堂社長の決定は絶対です。それに、もうこのドラマの関係者には話を通しました。ユウさんで問題ないです」

「問題ないって言われても……」
「新曲のプロモートも兼ねると思ってください」

 ますます顔を曇らせるユウに、零は何となく、この数か月のユウの身の上を察した。
 どうやら、ジュピタープロダクションの社長は、ユウを重点的に優先して何かと目を掛けて推しているようだ。
 歌手にこだわるあまりに前の事務所と軋轢を生んだユウだが、新しい事務所では、ユウ本人の意思を尊重して可能な限り『歌手』に見合う仕事を選んでいるようだ。

 しかし、ユウとしては今回のようなプロモートは、どうも気乗りしないらしい。
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