今日くらい泣けばいい。

7-20

　尾上の賛辞に、マリサは艶やかに微笑みを返す。

「ありがとう。あなたも、ミントカラーのサマースーツがとても素敵よ。よく似合っているわ」

　尾上のスーツは、いわゆるパターンオーダーではなく、フルオーダーで作ったスーツだ。
　麻生地で仕立てたサマースーツを着こなす尾上は、やはりファッションセンス抜群の美青年そのものに見える。
　彼の作り出す新たな服がどんなものなのか、考えただけでゾクゾクするマリサだ。

「ファッションブランドQuartz、新たな企画の誕生ね！　大人が身に付けても不自然にならないような、そんなクオリティのものが良いわね。私が欲しいくらいだもの。絶対、金の使い道に迷っているような女性たちが飛びつくわよ。そして、女に人気があるブランドは男も放っておかないわ。回り回って会社の名も利益もうなぎ上りね！」

　ガッツポーズをするマリサに、甲斐が抗議の声を上げる。

「社長！　いきなり話が飛躍してます！　オノはBL編集部に転属したばかりの新人ですよ？　まだ編集の仕事も覚えてないってのに……」

「編集者とデザイナー、両方やれるわよね、尾上大海！」

　マリサの号令に、尾上は反射的に「はい！」と返事をした。
　するとマリサは、呆気にとられたままの甲斐と平良をチラッと見遣り、ふっと不敵に笑った。

「あんた達、まずは尾上に釣り合う程度には自分を磨きなさいよ。話はそれからじゃあないかしら？」

　なる程、言い得て妙だ。
　平良はまだ『Quartz』で一位を取っていない。

　有名漫画家として堂々尾上を口説くには、まだ肩書が足りない。

「――確かに、安藤社長の仰る通りです。オレは本気で漫画を描きます。……尾上が感動するような、そんな漫画を」
「……担当編集としては、大変嬉しい言葉ですな」

　甲斐は嘆息すると、苦く笑った。
　そうして、まず自分は、禁煙から始めようと心に決めたのだった。