今日くらい泣けばいい。

7-10

　アルコールの力を借りて、尾上は訊く。

「甲斐さんご自身は、女性が好きなんですか……？」

　すると、甲斐は真剣な顔になって腕組みをした。

「う～ん、難しい質問だな」
「そ、そうですか――」

　ハッキリ答えを言わないのは、もしかしたら尾上を慮っているのかもしれない。
　それはそうだろう。

　ここできっぱりと「女に決まってるだろう」と言えば、尾上が気まずい思いをする。
　逆に「男が好きだ」と言えば、尾上に気を遣ってそんな事を言ったのではと勘繰ってしまう。

（こんな質問をする事態が、意地悪だな。せっかく甲斐さんが、オレのためにこの場を用意してくれたのに）

　せっかく『相棒』と言ってくれたのだ。
　これ以上を望むのは贅沢だろう。

　尾上は息をつくと、話を変えるように周囲を見渡しながら口を開いた。

「それにしてもこのバー、良い雰囲気の店ですね。ジャズレコードが静かに流れていて落ち着くし。酒も美味いし。あとで中河でも誘ってみるかな」

　中河のイメージだと居酒屋がピッタリだが、こういう大人の雰囲気の酒場もいいもんだと教えたい気がする。
それと、あいつも――。

「……平良先生の本名は浅田拡ですよね」
「ん？　ああ、そうだが」
「あいつとは、高校の時の同級生でした」

　その告白に、一瞬甲斐は瞠目すると、静かに「そうだったのか」と呟いた。
　尾上はグラスをグイっと呷あおると、世間話をするような口調で、これまでの出来事を、順を追って話した。

　場所は、高校の昇降口。二人きりの時、土砂降りの雨の音に紛れるように告白したが、たったひとこと「キモっ」と言われて玉砕した事。

　時は流れ、再び出会ったのは新人編集者とBL漫画家という立場であった事。
　向こうは、どうやらあの時の酷い態度を謝りたいと思っているらしいという事も。