今日くらい泣けばいい。

亜衣藍

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「あ……す、すみません……」

　顔を真っ赤にして頭を下げる尾上に、甲斐は盛大な溜息を吐いた。

「お前な、今は仕事中だって事を忘れるなよ。社会人の常識だぞ」

　全くもってその通り。
　さすがに反論できず、尾上は項垂れる。

　すると甲斐は、すっかり意気消沈した様子の尾上に戸惑ったように声を上げた。

「つ、次から気を付ければいいだけだろ！　そんなに落ち込むなよ。こっちの調子が狂っちまう」
「いえ、悪いのはオレですから。すぐに携帯を充電してきます」

　そういい、自分のデスクへ戻ろうと踵を返す尾上だが。

「オノ！」

　甲斐は尾上を呼び止めると、歯切れの悪い口調になって、仕事とは関係のない事を言い出した。

「あのよ、このあと外に飲みに行かないか？」
「え？　どういう意味ですか」
「今日はもう終わりにして、一緒に上がろうぜ」

　ここの出版社はフレックス制なので、仕事にめどが付いたら退社する事は可能であるが。
　しかし、尾上はまだまだやる事が残っている。

　ハイブランドからデザイン画像の使用許可は出ているが、向こうから提供されるデザインを使用するのと、こちらが要求するデザインの許可を取るのとでは意味合いが大きく違ってくる。
　そこの交渉を円滑に進める為の段取りを、これからしようと思っていたところだ。

　ましてや尾上は新人編集に過ぎないのだから、編集長を交えた上層部とも詳細な打ち合わせをして、作家本人とも――なのに。

「まだ校了までには間がある。それに、就任したばかりなのに独りでシャカリキになる必要も無い。いいから、来いよ」

　相棒であり、先輩でもある甲斐に強く促されては、新人に過ぎない尾上に拒否権は無かった。
　なので、不承不承、尾上は頷いた。