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Love passion
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「まったく、頭に来ているのはコッチだというのに――」
采はアレンに謝罪する気はないが、話の流れ如何によっては、こちら側が折れなければならない状況というのは腹が立つ。
だが、家のことと達実のことを考えると、業腹ではあるが……采はやはり強気になりきれない。
大切なモノの二つと、采のプライド一つを天秤に掛けると、自ずと答えは出る。
守らなければならないものは、絶対に譲れない。
自分のプライドなど、下らないと見切って捨てるしかない。
故に采は、アレンに対して拳を振るう事など不可能なのだ。
「クソッ」
小さく舌打ちをして、采はドアを開けた。
するとそこには、神妙な面持ちの立野林檎と、同じく硬い表情のアレン。
そして、状況は分からないが、何やらトラブルの気配に恐々とする様子のコンシェルジュが立っていた。
「ミスター・サイ……こんな早くにすまない」
口火を切ったのは、アレンだった。
「私は、とても大変なことを知ってしまったので、不躾だとは思うが――――直接、君のマンションへ伺ったよ」
「ほぉ? 何を知ったか分からないが、まずはアポイントメントを取ってから来てほしかったな」
不快気に眉をひそめて、采は続けて言う。
「オレは今回の騒動を昨日謝罪したが、やはり納得できなかったのか? それで、改めて直接抗議しに来たという事で、そう認識していいのだな? 」
「そういうワケではない」
「では、昨日の今日で、いったい何の用だ? しかも、オレの愛人を引き連れて」
「彼は――――あの騒ぎを起こしたのは自分だといって、私のところへ自首してきたんだよ。君は関係ないと言ってね。なんとも、健気なことじゃないか」
「なに? 」
チラリと見遣ると、林檎は目に涙をためてウルウルと采を見返してきた。
それはいつも、狙った相手を落とすために用いる林檎の手管の一つだ。
その林檎のあざとさを知っている采は、チッと舌打ちをする。
(相変わらず、芝居は上手いもんだな)
「……お前は、何を考えているんだ? 迷惑料を振り込むと言ったオレの言葉を信じられなかったのか? 」
「ち、違うんだよ、采! 」
そう言うと、林檎は大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
「う、うぅ~」
「だから、何で泣く? ……やはりこいつに、無理に追及されたのか? 」
采は険しい表情になって、アレンを睨んだ。
「昨日も言ったが、今回のことは全てオレが指示した事だ。こいつはそれに従っただけで、関係ない部外者だ。慰謝料ならば、こちらは言い値を支払うつもりだ。そちらも裁判沙汰にはしたくないだろう? 示談に――」
と、言いかけたところで、アレンは『違う』と首を振った。
「私は金など興味はない。それこそ、遣い切れない程に幾らでも持っているからね」
「ほぉ? ならば、何の用件でここへ来た? こいつを連れて? 」
「それは――ああ、その前に、コンシェルジュの彼には退席してもらおうか」
アレンが促すと、隅の方で立ち尽くしていたコンシェルジュはホッとした様子で下がって行った。
それを確認して、アレンは改めてクルリと向き直り、采を真剣な表情でジッと見つめた。
「彼は、私の前で懺悔すると――――何と、その場に倒れてしまったんだ。相当、気を張っていたのだろう……可哀想に」
「言っておくが、林檎はそんなタマじゃないぞ」
采は冷静な口調で断言すると、仕方なしに来客用の部屋へ『ひとまず、こっちで話そう』と二人を案内する。
すると、アレンはゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「君は、彼の事をちゃんと分かっていないようだ」
「なに? 」
「私は、倒れた彼を心配して医者を呼んだんだよ」
「だから、それが何だ!?」
奥歯に物が挟まったような言い回しに焦れて、采は怒鳴った。
采はアレンに謝罪する気はないが、話の流れ如何によっては、こちら側が折れなければならない状況というのは腹が立つ。
だが、家のことと達実のことを考えると、業腹ではあるが……采はやはり強気になりきれない。
大切なモノの二つと、采のプライド一つを天秤に掛けると、自ずと答えは出る。
守らなければならないものは、絶対に譲れない。
自分のプライドなど、下らないと見切って捨てるしかない。
故に采は、アレンに対して拳を振るう事など不可能なのだ。
「クソッ」
小さく舌打ちをして、采はドアを開けた。
するとそこには、神妙な面持ちの立野林檎と、同じく硬い表情のアレン。
そして、状況は分からないが、何やらトラブルの気配に恐々とする様子のコンシェルジュが立っていた。
「ミスター・サイ……こんな早くにすまない」
口火を切ったのは、アレンだった。
「私は、とても大変なことを知ってしまったので、不躾だとは思うが――――直接、君のマンションへ伺ったよ」
「ほぉ? 何を知ったか分からないが、まずはアポイントメントを取ってから来てほしかったな」
不快気に眉をひそめて、采は続けて言う。
「オレは今回の騒動を昨日謝罪したが、やはり納得できなかったのか? それで、改めて直接抗議しに来たという事で、そう認識していいのだな? 」
「そういうワケではない」
「では、昨日の今日で、いったい何の用だ? しかも、オレの愛人を引き連れて」
「彼は――――あの騒ぎを起こしたのは自分だといって、私のところへ自首してきたんだよ。君は関係ないと言ってね。なんとも、健気なことじゃないか」
「なに? 」
チラリと見遣ると、林檎は目に涙をためてウルウルと采を見返してきた。
それはいつも、狙った相手を落とすために用いる林檎の手管の一つだ。
その林檎のあざとさを知っている采は、チッと舌打ちをする。
(相変わらず、芝居は上手いもんだな)
「……お前は、何を考えているんだ? 迷惑料を振り込むと言ったオレの言葉を信じられなかったのか? 」
「ち、違うんだよ、采! 」
そう言うと、林檎は大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
「う、うぅ~」
「だから、何で泣く? ……やはりこいつに、無理に追及されたのか? 」
采は険しい表情になって、アレンを睨んだ。
「昨日も言ったが、今回のことは全てオレが指示した事だ。こいつはそれに従っただけで、関係ない部外者だ。慰謝料ならば、こちらは言い値を支払うつもりだ。そちらも裁判沙汰にはしたくないだろう? 示談に――」
と、言いかけたところで、アレンは『違う』と首を振った。
「私は金など興味はない。それこそ、遣い切れない程に幾らでも持っているからね」
「ほぉ? ならば、何の用件でここへ来た? こいつを連れて? 」
「それは――ああ、その前に、コンシェルジュの彼には退席してもらおうか」
アレンが促すと、隅の方で立ち尽くしていたコンシェルジュはホッとした様子で下がって行った。
それを確認して、アレンは改めてクルリと向き直り、采を真剣な表情でジッと見つめた。
「彼は、私の前で懺悔すると――――何と、その場に倒れてしまったんだ。相当、気を張っていたのだろう……可哀想に」
「言っておくが、林檎はそんなタマじゃないぞ」
采は冷静な口調で断言すると、仕方なしに来客用の部屋へ『ひとまず、こっちで話そう』と二人を案内する。
すると、アレンはゆっくりと首を振りながら口を開いた。
「君は、彼の事をちゃんと分かっていないようだ」
「なに? 」
「私は、倒れた彼を心配して医者を呼んだんだよ」
「だから、それが何だ!?」
奥歯に物が挟まったような言い回しに焦れて、采は怒鳴った。
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