53 / 60
二章 士官学校
マールのおつかい④
しおりを挟む「あら、エズラさんてばおまけしてくれたのね」
ちょうど小包を開けた女将が、中身を確認して喜ぶ。
中に入っていたのは瓶に入った小さな丸薬と、薬草、そして蜂蜜だ。
「マール、おつかいありがとうね。これ、アシャに渡すお礼に必要だったから、間に合ってくれてよかったわ」
そう言って、女将は荷物の中から瓶詰めの丸薬を取り出して、アシャへと渡した。
「咳止めのお薬よ。必要だと言っていたでしょう?あと、これはチーズの代金ね」
「ありがとうございます。助かります」
アシャは父親の作ったチーズの納品に来ていたのだ。
コンバルー産のチーズは高級品のため単価が高く、卸値でもひとつ銀貨数枚の良い値段になる。
銀貨と丸薬の瓶を大事そうに受け取ったアシャは、自分の肩から下げていた鞄の中に入れた。
それを見ていたマールは、眉をしかめて思わず口を挟む。
「瓶は鞄に入れても良いけど、銀貨はやめとけ。町中で擦られるぞ」
少年が持つには分不相応な金額である。
かと言って、懐の財布に入れていても危険なことには変わりない。
あまりに無防備な様子のアシャに、マールは呆れながら小さな嘆息をこぼした。
「お前、隠し財布持ってないの?」
「山ではお金なんて使わないから…一応財布は持ってるけど」
マールは懐に入れている財布の他に、肌着の下に隠し財布を仕込んでいる。
他にも靴に仕込んだり、ベルトの裏に挟んだりと色々な工夫を凝らした隠し財布があるが、この様子だとアシャは隠し財布そのものを知らないようだと、マールと女将は目を丸くする。
「アシャが1人で納品に来るのは今日が初めてだもの。ヘレンってば、ちゃんと教えてくれなかったのね」
困った顔をしたアシャを、女将が庇うように慰めた。
今日のチーズの売上は銀貨30枚だ。町の大工の一月分の給料と同じくらいの金額である。
貨幣の価値をよく知らず、どうすればいいか途方に暮れた様子のアシャを見て、マールはため息をついて頭を掻いた。
「…ああ、もう!」
自分が今から申し出ようとしていることが、まったく儲けにもならない話だとわかっているからだ。
(…俺ってこんなお人好しだったっけ)
しかし、マールは何故だかこの羊飼いの少年を放っておくことができなかった。
「仕方ないな…俺の家に来いよ。俺のでよければ貸してやるから、次に町に来たときに返してくれ」
自宅には予備の隠し財布が何個かあるはずだ。
そう言ったマールに、女将が「よかったねぇ」と笑顔でアシャに声をかける。
アシャは素直にありがとうと言って、銀貨を握り締めた。
「エズラさんによく効く咳止めを頼んだら、おまけを付けてくれたのよ。喉に効く生姜と花梨が入った蜂蜜だから、お湯で割ってお母さんに飲ませてあげなさいな」
最後に女将は、これはおまけだよと言って小瓶の蜂蜜をアシャに渡した。
アシャの母親は去年風邪を拗らしてから、年が明けても咳が続いているらしい。
そのためヘレンが山に残って羊の世話をして、アシャが1人で町に降りてきたのだ。
彼が来る前に事前に魔鳩で連絡をもらっていた女将は、友人でもあるアシャの母親を心配して咳止めを用意してくれていた。
「女将さんにはいつもお世話になってばかりで、本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアシャに、女将は優しく笑いかけた。
「良いのよ。じゃあマール、アシャをお願いね」
「ああ、わかってる」
「すまない。世話になる」
普段のマールならこんなお人好しな真似はしないのだが、この羊飼いの少年が持つ、なぜか放って置けない雰囲気が彼をそうさせた。
ぶっきらぼうな物言いだが生真面目な態度のアシェに、マールは笑って気にするなと告げた。
「じゃあね、気をつけてね」
女将からおつかいの駄賃として、今日のおすすめのチーズを油紙に包んだ物を受け取り、マールはアシェと一緒に店を出た。
138
お気に入りに追加
2,472
あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる