公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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二章 士官学校

授業のはじまり④

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「もう手を離してもいいよ」

「はい」

ルイスの声を聞いて、ジェイデンは宝珠に触れていた手を離した。
緊張していたのか、手のひらはしっとりと湿っている。

「座るといい。候補者の鑑定はもう少しかかる」

宝珠は未だ淡い輝きを放ち続けている。
ジェイデンは宝珠の台座から離れ、ルイスが勧め通りに腰を下ろした。


候補者とは昼休みにアマーリエが言っていた、魔力循環の相手候補のことだろう。
ルイスに質問すると、そうだと返事が返ってきた。

「候補者は1人なんですか?」

「いや、人による。あまり魔力が強くなくて属性が少ない者は同じような相手が多くいるからか、似たような候補者が十数人と言うことも珍しくない。逆に、君みたいな特殊属性で魔力量が多いと、相手は1人か2人と言うこともあり得るね」

「え…」

それは、相手を見つけるのは難しいと言うことなのではと思いながら、ジェイデンは言葉を飲み込む。

ルイスに言ってもどうすることもできないと理解しているジェイデンは、それは困るとも言い出せず、2人の間に気まずい空気が流れたところで部屋に近づいてくる足音に気付いた。



「ルイス先生」

呼びかけと共に、コンコンと扉を叩く音がする。
ルイスが返事をすると、別の魔法学教師に連れられたセオドアが教室へ現れた。

「二年の転入生を連れてきました。鑑定の宝珠を使わせてください」

「もちろんです、ダンパー先生」

ちょうど二年生も魔法学の授業だったらしい。
セオドアと目が合い、お互い少し驚きながらも挨拶を交わした。

ジェイデンは偶然と思っていたが、一年生と二年生は合同授業も多く、あえて同じ時間帯に設定しているとのことだった。
宝珠を起動するための申請や許可が手間なこともあり、2人まとめて鑑定する予定だったらしい。

「ジェイデンの鑑定がもう少しかかるから、先に魔力操作と今後の授業についての話をしようか」












セオドアとダンパーも着席し、ルイスの講義が始まった。

「この宝珠は、これまでに触れた者の魔力属性や魔力量を全て記録している」

「全員ですか…それは凄いですね」

ジェイデンの呟きに、ルイスはそれだけじゃないと返し、言葉を続けた。

「知っているかもしれないが、魔力量の底上げと魔力操作の訓練は2人1組で魔力循環をすることで行う。そのための相性の良い相手をこの宝珠が教えてくれる」

それが候補者である。
王立研究所の魔道具師達とルイスが合同で開発した宝珠だ。
元々は魔力分析と合同魔法の相性をみるために作られた物だが、今は魔力循環の相手探しに役立っていた。

ルイスの説明は、概ね昼休みにソフィアに聞いていた通りだ。
セオドアは初耳なのか、真剣に講義を聞いている。彼もここ最近は魔力が一定化し、伸び悩んでいた。

「残念ながら、完成してから5年しか経っていなくてね。ここ5年分の生徒と教師、研究所や騎士達の情報しか宝珠には入っていないけど、その中で相性の良い魔力の候補者を教えてくれる」

ルイスはそう言うが、生徒の相棒を探すのならば、それで何も問題はない。
ジェイデンとセオドアは静かに聞いていたが、むしろ生徒同士で行うのなら3年分だけでいいのではと思いながら顔を見合わせた。
そんな彼らの様子を察したのか、ルイスが苦笑して付け加える。

「相手探しと簡単には言うけど、そんなにすぐ見つかるものでもないから」

「え、そうなのですか?」

セオドアが驚いて口を挟む。

先ほどジェイデンが聞いた説明を、ルイスは簡潔に説明した。
セオドアは納得した後、少し心配げな顔でジェイデンを見る。

「ジェイデンは魔力量が多いのですが、大丈夫でしょうか?」

「…宝珠が相手を見つけられない生徒も何人かは存在する」

セオドアの質問に、ルイスは明言を避けて答えた。
そう言う相手は、あぶれた者の中で属性が同じ者同士で組むらしい。

「宝珠の認めた相手とは、やはり違うからね。操作自体は上達しても、なかなか魔力量自体は増えないんだよ」

そう言うルイスに、一気に不安を覚える2人だ。
できればそんな状況は避けたいが、宝珠任せではどうにもならない。


淡々と説明するルイスの後ろで、ダンパーが気まずそうな顔で様子を伺っていた。
ダンパーはやや気弱な男で、人がいい故に騎士団での任務が辛くなり学校教師へと転職した人物である。重くなった雰囲気に、そわそわした様子で宝珠を確認する。
少し宝珠の光が弱まったのを見て、手を伸ばした。


どうやら鑑定が終わったようである。

「候補者の鑑定が終わったみたいですよ、ルイス先生」

「じゃあ、候補者を見てみようか」

「では私が」

宝珠の側にいたダンパーが、宝珠の鑑定をのぞき込んだ。
少し待っていると順に1人ずつ、名前が浮かび上がる。

「ジェイデンには候補者が3人いますね。まず、王立研究所のザラート部長」

「…うわ、また大物だね。彼は多忙すぎて頼むのは難しいな」

ダンパーの告げた名前に、ルイスが驚きの声を上げた。

まさかの生徒ではない候補者その1に、ジェイデンは驚く。
学外で働く候補者には、授業時間に練習に付き合ってもらううわけにはいかない。

「できれば、生徒同士がいいと思うんですが…」

「残念だけど、君の相手はここの生徒じゃ難しいと思うよ。まず多属性持ちで魔力量も多いから、それなりの相手じゃないと候補者にはなり得ない」

ルイスにそう言い返され、ジェイデンは言葉に詰まった。

「次いいですか?…2番目は近衛騎士団のアリステル・キリム卿」

ダンパーが、次の現れた名前を読み上げた。

候補者その2は騎士である。
しかも、キリム卿は伯爵家出身の多属性持ちで有名な人物だ。

「よりにもよって、近衞騎士団副長…」

「彼は私の同期ですが、王の警備担当だったはずなので、休暇の時でないと頼めないでしょうね」

知り合いだったらしく、ダンパーがぽそぽそと口を挟んだ。

キリム卿の休日を訓練で潰してしまうのは心苦しい。
王の警備隊は少数精鋭であるため多忙である。まとまった休暇自体が早々取れるものでもないだろう。

もしかしたら、予定の合う候補者が見つからないかもしれないという不安がジェイデンの心の隅をよぎる。先ほど、ルイスに雷魔法の適性があると言われて舞い上がっていた気持ちが萎んでいくような感覚に、寒くもないのに背筋がぶるりとした。

「まだ1人いますから、見てみましょう」

うーん、と困った顔をしなが宝珠を操作していたダンパーの手が、次に表示された名前を見て止まった。
彼は側にいたルイスに宝珠をみるよう手招きする。
誘われるように宝珠へと視線を落とした後、ルイスは驚いた顔をして顔を上げた。
そのままジェイデンを見て意味深な笑みを浮かべる。

(なんだ?)

状況が読めず怪訝な顔をするジェイデンを安心させるように、ダンパーが笑顔で話しかけた。

「良かったですね、ジェイデン。最後の候補者は学校関係者のようですよ」

「えっ?! 」

驚いて、ジェイデンはとっさに椅子から立ち上がった。
セオドアも目を軽く見開いたが、黙って経過を見守っている。


「こっちへいらっしゃい。自分で確認するといい」

ダンパーの勿体ぶった言い方に疑問を抱きながらも、ジェイデンは立ち上がった勢いのまま足を進めた。

宝珠の前に立つ。

「どうぞ」

揶揄うような顔をしたルイスの横で、ダンパーが微笑みながら、宝珠を指差した。

「多属性持ちという点では、納得の結果ですね」








そう言うダンパーの声に促されるようにジェイデンが目線を落とすと、宝珠の表面に『ルイス・フォン・ノティス』の名前が淡く輝いていた。


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