公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

文字の大きさ
上 下
43 / 60
二章 士官学校

ベイルート⑧

しおりを挟む





応接間に、控えめなノックの音が響く。
開いた扉から、ゲイルが顔を覗かせた。

「ジェイデン様からの贈り物を運び入れてもよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

ベイルートの承諾を受けて、召使いが部屋に荷物を運び入れる。

ジェイデンが持ち込んだ、北からの手土産だ。
あっという間に箱が高く積まれ、部屋の端を占領してしまった。

「セオドア」

「はい。では失礼して」

セオドアは懐から小さな箱を取り出して、それをベイルートの前に置く。

「こちらがジェイデン様から、ベイルート様へのお土産です。あとの物は北のお屋敷から、王都のロンデナート家への贈り物ですので、別に梱包させていただきました」

ジェイデンからの個人的な土産は、小さな黄色の箱だけだ。
その場で渡せるよう、セオドアが包んで小さなリボンまでつけてくれている。

「ありがとう。開けていいか」

ベイルートが受け取って蓋を開けると、中には手のひらほどの石が収まっていた。

やや透き通った黄金色をした見事な魔石だ。この大きさのものはかなり希少である。
ジェイデンがセオドアと共に狩った魔獣の魔石のひとつだ。

「土蜥蜴の魔石です。変異した希少な個体だったので、魔石も珍しい物が出ました」

まだ研磨加工されていないその石は、これからどんな武具や装飾品にも使うことができる。
魔石を眼前に掲げ、照明の明かりを透かすように眺めているベイルートに、セオドアが付け加える。

「鱗が硬く変異し、防御力が高い土蜥蜴でした。土魔法とも相性が良く、防御系の武具や装飾品に加工することをお勧めします。…ただ、おそろしく硬いので加工には手間がかかりそうですが」

「なかなか面白い素材だな。お前が採ってきたものだと思えば愛着も湧くだろう。残りの土産は、すべて私から王都の屋敷へと渡しておく。心配するな」

そう言って嬉しげに魔石を受け取ったベイルートは、弟へと礼の言葉を述べて残りの荷物を引き取った。主人の合図に、ゲイルが荷物の移動を手配していく。
それを手伝うために、セオドアもその場を離れて退室していった。



兄弟はゲイルが次の予定をベイルートに告げに来るまで、兄弟水入らずの時間を過ごすことができたのである。








♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





帰り道。

東寮までの道を並んで歩きながら、ジェイデンは少しきまりが悪そうに隣の男を見る。
すでに日は暮れていて、街路灯がぽつぽつと道を照らしてくれていた。
橙色の灯りに照らされた親友の横顔はいつも通りで、それがジェイデンの胸中をざわめかせる。

「意外と驚かないんだな」

「いいえ、充分に驚いていますよ」

実際、セオドアは兄弟仲が良いでは済まされないほどのベイルートの様子に驚いていたが、その涼しい顔には一切の変化がない。

従者の顔を崩さずに返事をしたセオドアに、ジェイデンは少しむくれた顔を向けた。
少しの照れ隠しと、隠していた秘密がばれた子供の顔だ。

それを見返しながら、こいつは自分が今どんな顔をしているか気づいているのかと、セオドアは思う。
他人に侮られないよう常に気を張っているこの年下の親友は、他人がいる場所ではこんな顔はしない。だが、先ほど兄へ見せた表情も、こんな風ではなかったか。
同年代の友人に対しては冷めたところのあるジェイデンが、自分には時折甘えた顔をを見せることが不思議だったが、物心ついた時から兄がああだったのなら合点がいく。

そんなことをつらつらと考えていたら、隣にいたジェイデンがついに足を止めてしまった。
ちょうど街路灯の真下だ。お互いの表情がよく見え、周りに人影はなかった。
仕方なくセオドアも足を止めた。

口から出る言葉は、いつもとは違い従者の口調のままだ。

「なんですか」

「その物言い、もういいだろう。ここまで来たら聞いている者もいない」

慇懃無礼で落ち着かない。
そう言いながら、ジェイデンは首元に巻かれたタイを無造作に引き抜いた。そのまま襟元も緩ませ、髪をまとめていた細紐まで取ってしまった。
肩に金髪がはらりとかかって、街路灯を受けて煌めく。

「せっかく結ってもらったのに悪いな」

「夜道だからと気を抜かないでください。ほら、通行人の方がいらっしゃいますよ」

悪びれない様子のジェイデンがにやりと笑っても、セオドアは叱りもせずに淡々と言葉を返した。邪魔だと解いたタイや髪紐はそのままに、襟元だけを正してやって、セオドアはさっさと歩き出す。
触れる指は優しいが、いつもと違って義務的だ。

慌てて後ろをついて行きながら、ジェイデンは戸惑いつつ口を開いた。

「お前、なんか変だぞ。どうした?」

「いいえ、なんとも。これっぽっちも変わりありませんよ」

そう言って正面を向いて歩く男は、自分の胸中に現れた感情に蓋をするよう、きっぱりと言い切って、東寮へと戻る足を早めた。





しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...