公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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二章 士官学校

ベイルート⑧

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応接間に、控えめなノックの音が響く。
開いた扉から、ゲイルが顔を覗かせた。

「ジェイデン様からの贈り物を運び入れてもよろしいでしょうか」

「ああ、頼む」

ベイルートの承諾を受けて、召使いが部屋に荷物を運び入れる。

ジェイデンが持ち込んだ、北からの手土産だ。
あっという間に箱が高く積まれ、部屋の端を占領してしまった。

「セオドア」

「はい。では失礼して」

セオドアは懐から小さな箱を取り出して、それをベイルートの前に置く。

「こちらがジェイデン様から、ベイルート様へのお土産です。あとの物は北のお屋敷から、王都のロンデナート家への贈り物ですので、別に梱包させていただきました」

ジェイデンからの個人的な土産は、小さな黄色の箱だけだ。
その場で渡せるよう、セオドアが包んで小さなリボンまでつけてくれている。

「ありがとう。開けていいか」

ベイルートが受け取って蓋を開けると、中には手のひらほどの石が収まっていた。

やや透き通った黄金色をした見事な魔石だ。この大きさのものはかなり希少である。
ジェイデンがセオドアと共に狩った魔獣の魔石のひとつだ。

「土蜥蜴の魔石です。変異した希少な個体だったので、魔石も珍しい物が出ました」

まだ研磨加工されていないその石は、これからどんな武具や装飾品にも使うことができる。
魔石を眼前に掲げ、照明の明かりを透かすように眺めているベイルートに、セオドアが付け加える。

「鱗が硬く変異し、防御力が高い土蜥蜴でした。土魔法とも相性が良く、防御系の武具や装飾品に加工することをお勧めします。…ただ、おそろしく硬いので加工には手間がかかりそうですが」

「なかなか面白い素材だな。お前が採ってきたものだと思えば愛着も湧くだろう。残りの土産は、すべて私から王都の屋敷へと渡しておく。心配するな」

そう言って嬉しげに魔石を受け取ったベイルートは、弟へと礼の言葉を述べて残りの荷物を引き取った。主人の合図に、ゲイルが荷物の移動を手配していく。
それを手伝うために、セオドアもその場を離れて退室していった。



兄弟はゲイルが次の予定をベイルートに告げに来るまで、兄弟水入らずの時間を過ごすことができたのである。








♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎





帰り道。

東寮までの道を並んで歩きながら、ジェイデンは少しきまりが悪そうに隣の男を見る。
すでに日は暮れていて、街路灯がぽつぽつと道を照らしてくれていた。
橙色の灯りに照らされた親友の横顔はいつも通りで、それがジェイデンの胸中をざわめかせる。

「意外と驚かないんだな」

「いいえ、充分に驚いていますよ」

実際、セオドアは兄弟仲が良いでは済まされないほどのベイルートの様子に驚いていたが、その涼しい顔には一切の変化がない。

従者の顔を崩さずに返事をしたセオドアに、ジェイデンは少しむくれた顔を向けた。
少しの照れ隠しと、隠していた秘密がばれた子供の顔だ。

それを見返しながら、こいつは自分が今どんな顔をしているか気づいているのかと、セオドアは思う。
他人に侮られないよう常に気を張っているこの年下の親友は、他人がいる場所ではこんな顔はしない。だが、先ほど兄へ見せた表情も、こんな風ではなかったか。
同年代の友人に対しては冷めたところのあるジェイデンが、自分には時折甘えた顔をを見せることが不思議だったが、物心ついた時から兄がああだったのなら合点がいく。

そんなことをつらつらと考えていたら、隣にいたジェイデンがついに足を止めてしまった。
ちょうど街路灯の真下だ。お互いの表情がよく見え、周りに人影はなかった。
仕方なくセオドアも足を止めた。

口から出る言葉は、いつもとは違い従者の口調のままだ。

「なんですか」

「その物言い、もういいだろう。ここまで来たら聞いている者もいない」

慇懃無礼で落ち着かない。
そう言いながら、ジェイデンは首元に巻かれたタイを無造作に引き抜いた。そのまま襟元も緩ませ、髪をまとめていた細紐まで取ってしまった。
肩に金髪がはらりとかかって、街路灯を受けて煌めく。

「せっかく結ってもらったのに悪いな」

「夜道だからと気を抜かないでください。ほら、通行人の方がいらっしゃいますよ」

悪びれない様子のジェイデンがにやりと笑っても、セオドアは叱りもせずに淡々と言葉を返した。邪魔だと解いたタイや髪紐はそのままに、襟元だけを正してやって、セオドアはさっさと歩き出す。
触れる指は優しいが、いつもと違って義務的だ。

慌てて後ろをついて行きながら、ジェイデンは戸惑いつつ口を開いた。

「お前、なんか変だぞ。どうした?」

「いいえ、なんとも。これっぽっちも変わりありませんよ」

そう言って正面を向いて歩く男は、自分の胸中に現れた感情に蓋をするよう、きっぱりと言い切って、東寮へと戻る足を早めた。





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