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二章 士官学校
ベイルート⑦
しおりを挟む「…そういえば、禁足地に猿は出るか?」
少しの間黙っていたベイルートが、唐突に問いかけた。
「猿の魔獣ですか?」
ジェイデンが聞き返した。セオドアは少し考えて答える。
「小猿程度の弱い個体なら、森の端で群れを作っていますが…」
ベイルートの聞きたい返事ではないことを悟りながらも、どこまで踏み込んで聞いていいか測りかねて、歯切れの悪い返事になった。
ジェイデンも、セオドアとともに兄の次の言葉を黙って待っている。
少しためらう素振りをした後、ベイルートは口を開いた。
「最近、帝国と王都の間に魔獣が増えていると報告に上がっているんだが、その中でも目立つのが猿の魔獣だ。人より二回りほどの大きさで、群れを成して襲ってくるらしい」
「どの辺りに出るのか分かりますか?」
「アバド山の谷を超えたあたりが一番多い。ロンズデール地区ではないから、お前が知らないのも仕方なかろう」
話を聞いて考え込む様子の2人に、ベイルートは情報を付け加える。
「金色と茶色の混じった毛色の大猿だ。目は赤く、獰猛な魔獣と聞いている」
「…少なくとも、禁足地の森で大猿は見たことがありません。ルー?」
ジェイデンが相棒を見る。
呼ばれて顔を上げたルーは、首をぷるぷると横に振った。
「ルーも知らないようです。…しかし、騎士団には大猿の討伐依頼はなかったはずですが」
アバド山で被害が出ているなら、辺境騎士団に報告があって当然だが、そんな依頼は受けたことがなかった。
「前から少しずつ報告に上がっていたが、増えたのは年越しの後だ。お前たちはもう王都に来ていただろう」
「そんな短期間に?」
「ああ。いま被害の調査を急がせている所だ。谷のあたりなら、王都側からの方が近い。辺境騎士団と、キヴェ駐在の中央騎士団との合同依頼が出るだろうな」
そう言って、ベイルートはため息をついた。
キヴェの代官は最近代替わりした若い子爵だ。商人としても才覚を現している男だったが、如何せん代官としての仕事ぶりは先代と比べたら今ひとつだった。
そのしわ寄せが、ベイルートに来ているのである。
「まぁ、お前たちは学校に集中していろ。実際に動くのはもう少し先だ」
「ルー。兄上に挨拶をしなさい」
警戒するようにベイルートを見ていたルーだったが、主人にそう促されて立ち上がった。
トコトコとベイルートに近づき、その足下で彼を見上げたままお座りをする。
「いい仔だな。触れても良いか?」
「ええ、どうぞ」
ジェイデンの承諾を聞いたルーは、大人しくベイルートに抱き上げられた。
召使いのお陰で艶々さらさらになった黒い毛並みを撫でる。天鵞絨のような手触りに驚き、思わず撫でた手を止めた。
「素晴らしい手触りだな」
膝の上に乗せたルーが、ベイルートを振り返るように見上げた。
つぶらな瞳と目が合ったが、ベイルートの目線はルーの額に吸い寄せられる。
「小さくても一角狼の、角がちゃんとあるな」
黒い毛玉のような2匹だったが、額には小さい白い角がちゃんとある。
よく見なければわからないほど、額の毛に埋もれるほどの小さな角だったが。
「触らないでください。私が触るのも嫌がりますから」
「ああ、わかった」
ルーの様子を見ていたギードも、一瞬セオドアを見上げ、主人が承諾していることを確認してから、ベイルートの元へと近づいていった。足元に寄ってきたもう1匹を、ベイルートは抱えて長椅子の上に上げてやる。
「私も騎獣が欲しくなるな」
あまり顔には出さないが、兄の上機嫌な様子にジェイデンは笑って返す。
応接間には和やかな空気が流れ、他愛もない思い出話で盛り上がった。
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