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二章 士官学校
アマーリエとソフィア⑤
しおりを挟むエルヴァインとリリーアの間には、3人の子供がいる。
長兄ベイルート、三男カイナートと長女のマリエラだ。
一方、エルヴァインとシェイラの間には次男のジェイデン1人だけだ。
「リリーア様に配慮されて、エルヴァイン様とシェイラ様はあまりお会いになることはなかったって聞いたことがあるけれど、そうなのかしら? 」
王都では有名な悲恋話である。
立場上、ロンデナート家は多くの社交場に招かれる。
夫婦同伴の場では必ずととっていいほど、エルヴァインを独占しようとするリリーアの姿に、貴族達は噂話に花を咲かせた。
「どうお考えだったかは、もうわからないけど…。ジェイデンが生まれてからは、シェイラ様はあまり表舞台に出ないようにされていたようよ」
シェイラの事を慮ってか、アマーリエの表情は冴えない。
カップの中の紅茶はもう冷め切っていて、磁器の冷たさを指に感じる。アマーリエは構わず喉を潤し、話を続けた。
「私の父も、嫁がれてからのことはほとんど知らなかったの。シェイラ様が亡くなられて、ジェイデンが北のお屋敷に越してからも、予備学校に入るまで王都に住んでいるものだと思っていたくらいよ」
北の予備学校で初めて会ったジェイデンは、その美貌に貴族らしい物腰を備えながらも、言動の端々に気さくさを滲ませていた。
ジェイデンと同時期に入学したアマーリエは、ディア達とともに色々な実習で組むことが多かったこともあり、自然と彼らと一緒にいる機会が増えた。その時から、親友ともいえる仲になるまで時間はかからなかった。
それぞれに優秀だった彼らは、授業だけでは物足りなくなり自主練習と称して魔物狩りや素材集めなどに精を出し、教師に見つかる度に小言を言われたものだ。
ジェイデンは大貴族の次男の割に、食べられる森の食材や獣の狩り方に詳しく、山に分け入る時は平民が着るような服を着ていて文句一つ言わない。
もう少しましな服にすればどうかと言ったこともあったが「服としては問題ないし、どうせ汚れるんだから構わない」と平然と返されて驚いたものだ。
「びっくりしたわ。ロンデナート家って、北では雲の上の存在なのよ。…まぁ、後で北に来てからの不遇な現実を知って呆然とする羽目になったんだけど」
その言いように、ソフィアが目を丸くする。
「どういうこと? 」
「ジェイデンと一緒にいるうちに、彼が北のお屋敷でどんな扱いを受けていたかを知ったわ」
その言い様に、ソフィアが怪訝な顔をした。
アマーリエは構わず、話を続ける。
「予備学校に入学してからも、北の屋敷での祝宴がある時にはジェイデンは屋敷へと戻っていたわ」
アマーリエが初めに気づいたのは、少しの違和感だった。
その日は北の屋敷で収穫祭を兼ねた夜会が開かれており、名代としてジェイデンが主人を務めていた。
アマーリエも招待されており、多くの北の貴族達が出席していたが、その最中、招待客の目の前で給仕係が彼の評判を貶める様な失言をしたのだ。
しかも、使用人を嗜める立場のはずの執事は、失敗を主人の咎にしようと巧妙に振る舞っていた。
そもそも帝国との国交が正常化してしばらく、辺境の貴族達にも帝国との深いつながりを持つリリーア派は少なくない。
意地の悪い問いかけや揶揄についても、ジェイデンは笑顔で受け流していたし、代官やセオドアが上手く対応していたので事は大きくならなかったが、正義感の強い少女は彼らの悪意を敏感に感じ取った。
「その給仕係の使用人も、執事も嫌な感じがしたわ」
こそこそとジェイデンを嘲笑う貴族たちの囁きも、アマーリエにとっては不快だった。
屋敷の執事は、リリーアの派閥の元帝国貴族である。
シェイラによって地位を奪われた彼のことを、アマーリエに同伴していたフラビオが知っていた。
父からそれを聞いたアマーリエは、親友を問い詰めた。
「ジェイデンは何も言わなかったけど、何かおかしいと思ってディア達と調べてみたわ。でも、屋敷の人間は誰も口を割らなかった」
素人の子供のすることだ。
ようやくジェイデンの元乳母が予備学校で下働きをしていることを突き止めた時には、彼らの行いはジェイデン側に筒抜けだった。
その時に呆れた顔をしてアマーリエたちに事情を教えてくれたのはセオドアだったが、事情を聞いて怒りに火を吹くアマーリエ達を宥めたのは当のジェイデンだった。
アマーリエが、ふぅと息を吐く。
「その時に、彼が北の屋敷でどう過ごしていたかを聞いたわ」
アマーリエが北の屋敷でジェイデンが受けた理不尽な嫌がらせについて話し終えると、ソフィアは頭を抱えて黙り込んだ。
「この話を知っているのは、同期では私とディア、メイソンだけよ」
アマーリエは真剣な表情でソフィアを見つめて、言葉を付け加えた。
「あなたを信用しているわ。だから、何かあった時は味方になって欲しいの」
それを聞いたソフィアが息を飲む。
それからゆっくりと肘をついて顔を寄せると、真顔になって彼女は言った。
「…危ういわね。そんな簡単に他人を信用してもいいのかしら」
アマーリエは表情を崩さずにまっすぐにソフィアを見つめ返した。
しばらく見合っていると、アマーリエはふっと小さく息を吐く。
「…あなたの人柄を見抜けなかったのなら、私の落ち度だけれど」
そのまま、アマーリエは不敵に笑う。
「それよりも、あなたが正しくカルテス家の娘であることを信用しているもの」
その言いように、ソフィアは絶句した。
カルテス家は王国の防衛の要だ。
何よりも、王国の安全と権利を優先する一族である。
その一員であるソフィアが、間違ってもリリーナ派に与することはないはずだと、アマーリエは言外に言っているのだ。
「…そういうこと」
アマーリエの言い様に、呆れた顔をしてソフィアは緊張を解いた。
「だってそうでしょ」
アマーリエが突っ込んだ。
「だってじゃないわよ、もう。私はカルテスの人間だけど、まだ何の力もないのよ」
それを見て、アマーリエも笑って揶揄う様な口調で続ける。
「別にいま、帝国派の人たちがどうこうってわけじゃないの。でも、カルテスのことは置いておいてもソフィアには味方になってもらいたかったのよ」
軽い口調とは裏腹に、アマーリエの眼差しは真摯だ。
深く澄んだ眼で静かに見つめられ、ソフィアは何故か心臓がどきりとはねる。
「…もう! わかったわよ。私だって、…友達を裏切ったりしたくないわよ」
少し照れた様なソフィアの答えに、アマーリエは破顔した。
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