公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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二章 士官学校

アマーリエとソフィア②

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アマーリエは紅茶のカップをゆっくり置き、語り始めた。




ロンデナートは、今でこそ北の雄である。

しかし20年前までは、当時伯爵家だったロンデナート家の領地はキヴェからアバド山までの、今の北の辺境地と言われている地域の半分ほどの広さしかなかった。
それでもアバド山に砦を築き、隣接しているダブレス帝国から国を守る盾として王国でも有数の強さを誇る私兵団を組織していた。

ちょうど前国王が崩御し、王位継承権を持つ王弟と王子のどちらかが次の王座につくかでテルーズ王国内が荒れていた時期である。
それを好機とみた帝国軍が、北から侵攻してきたため戦争になり、約2年の間、激しい戦いがロンデナートの領地で繰り広げられたのだ。



しかし戦禍は、当時から北の辺境地と言われていたロンデナートの領地に留まった。

「ロンデナートの私兵団は強かった」

ロンデナート家の私兵たちは命懸けで戦い、王都に向けて猛進する帝国軍をキヴェで食い止めることに成功した。
さらには遅れて駆けつけた王国軍と協力して大陸最強と言われていた帝国軍を撃破し、帝国の要所であったロンダ砦まで攻め落としたのだ。

「帝国にとったら青天の霹靂だったはずよ」

ロンダ砦の向こうには、帝国の大穀倉地帯と呼ばれるアカシア平原が広がっている。
奪われたロンダ砦を足掛かりに、アカシア平原を落とされることを懸念した帝国が和睦を申し入れたことで戦は終わった。



ロンデナート家は北の盾として国を守った功績を称えられ、帝国から接収した土地を全てロンデナートの新領地として与えられた。名実ともに辺境伯となり、さらに陞爵して公爵位を得たのだ。
元帝国領だった土地は広大だか、そのほとんどは荒地や山岳部であったため、国境が書き換えられた今も北の辺境地と呼ばれている。

「戦争の英雄とはいえ、一気に公爵まで陞爵したロンデナート家に対するやっかみは酷かったというわ。後はそうね。ロンデナート夫人、リリーア様の輿入れの件もあってね」

公爵内の序列はまず王族公爵が別格で筆頭である。
その下ににおかれる臣民公爵たちは今は三家しかなく、王宮内の席次も王族に次ぐ地位にあった。

王国は前国王が崩御後、戦争を理由に新たな王を即位させずに前王の母である王太后と宰相が実権を握る形で国を動かしてきた。

帝国は和睦の証と称して皇帝の同母妹を王族に嫁がせようと画策していたが、王弟と王太子のどちらも未婚であったが故に、帝国の皇妹を伴侶とすることは王太后が許さなかった。
帝国の後ろ盾を持つリーリアを娶った側に、権力が集中することを憂いたためである。

「王太后様は決して、帝国の姫を王家に嫁がせることを許さなかったというわ」

王太后は前王の息子である孫の王太子に王位を継がせるつもりであったが、有力貴族の後ろ盾を得ている王弟の派閥が力をつけすぎていたため、彼を排除することをできずにいたのだ。
政敵とはいえ、王弟も彼女の息子である。
なるべく穏便に王太子への王位継承を叶えたいと王太后は心を砕いていた。

「そこで、白羽の矢が立ったのがジェイデンのお父様よ」

当時ロンデナート家の後継だった、ジェイデンの父エルヴァイン・ロンデナートだ。

王太后は、戦争の英雄であり臣民公爵家であるロンデナートに皇妹を降嫁させることで、王族内の派閥の均衡を取り戻そうとしたのだ。

「実質、帝国軍を打ち破ったエルヴァイン様に皇妹を降嫁させることで、周辺国に我が国が勝者だと知らしめることができたのよね。そのロンデナート家が王太子の派閥の筆頭になることで、王弟殿下の牽制になって、陛下が即位されたのだわ」

記憶を探るような顔で、ソフィアがそう続ける。

「…そうね。でも、エルヴァイン様にはすでに正式な婚約者がいらしたの」

紅茶で喉を潤したアマーリエが話を続ける。

「ジェイデン様のお母様ね」

「シェイラ様よ。今の北の辺境騎士団の前身にあたる、ロンデナート家の私兵団の団長だった方よ。シェイラ様は王国のためにと、皇妹のリリーア様に正室の座を譲って、ご自分は第二夫人として側室の立場に身分を落とされたわ」


愛し合う、若い恋人たち。
幼なじみだった2人は、周囲にも祝福されて婚約し幸せになるはずだった。
戦争がなければ、エルヴァインとシェイラはすでに結婚式を行っていたはずだったのだ。
夫婦となっていれば、リリーアの輿入れも叶うはずがなかったのに。
帝国との戦争で歯車が狂ってしまった。


「それは知っているわ。エルヴァイン様とシェイラ様の悲恋のお話は、王都でも有名だもの」

ソフィアが思い出したようにそう言って、空になったアマーリエのカップに紅茶を注ぐ。

「ありがとう。…でもね、北ではこの話はただの悲恋じゃ終わらないの」


少し暗い顔をしてそう言った後、アマーリエは一度言葉を切った。







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