公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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二章 士官学校

新学期⑤

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始業式は粛々と進行中である。
壇上では、でっぷりと腹の出た肥満体型の男が額に汗を浮かべながら必死に挨拶を続けていた。声を大講堂中に届ける魔道具を使っているが、滑舌が悪く何を言っているのか聞き取りづらい。

「…今季も勉学に励むように」

なんとか挨拶を締めくくり、校長は汗を拭きながら壇上を後にした。
士官学校の校長は一種の名誉職で、騎士団出身者が務めることもあったが、最近は扱いの困る高位貴族の左遷先としても名高い。学校の実権は優秀な教師たちが握っており、教師連として教頭を中心に学校の運営をしていた。

「ハイディーン校長先生、ありがとうございました」

司会をしている教頭の声が響く。

「では次、最高学年の生徒代表は前へ」

挨拶を終え、転がるように壇上を降りる校長と入れ替わり、ゆっくりと壇上に生徒代表が姿を現した。
くすんだ金髪に、よく見ると顔は整っているが地味な印象の中肉中背の男。
ジェイデンの脳裏に父親の姿が浮かぶ。

「兄様? 」

7年前に比べるとだいぶ姿は変わっているが、そこに立っていたのはジェイデンの長兄である。
驚くほど父に似てきた姿に、つい子供の頃の呼び方が口をついて出た。

「では、今季の連絡事項について」

業務的な連絡を淡々と話す落ち着いた姿は、さらに父を連想させた。
先ほどの校長の挨拶とは違い、講堂中に柔らかい声音が響く。

「ベイルート様、あんまり貴方とは似ていないわよね」
「兄は父上似なんだ。…いつ挨拶しようかと考えてたんだが」

編入初日か、週末の方がいいか。
同じ学校に通う以上、顔を見せるのは早いに越したことはないだろう。
先ほどから壇上の長兄、ベイルートと目が合っていた。
そんな彼は、ジェイデンを見つめて、にっこりと笑みを浮かべている。

「…今季からの編入生について紹介しよう。2人とも北の騎士団からの編入だ」

ベイルートに真っ直ぐ見つめられたままそう紹介され、周囲に立ち上がるよう促された。ジェイデンはしぶしぶ席を立つ。
視界の端で、セオドアも立ち上がったのが見えた。

「2年にセオドア・ライエン。1年にジェイデン・ロンデナート。名前でわかると思うが、私の弟だ」

セオドアが紹介された時にも、きゃあきゃあとはしゃいだ声が聞こえたが、続くベイルートの言葉に、全校生徒の視線がジェイデンに集まった。

『ロンデナート家の次男が戻ってきたのか』
『彼は何処の派閥に入るのかな』
『あら。昔はご令嬢のようなお姿でしたのに、ずいぶんと…』

昔のジェイデンを知っている貴族の子弟も多く、小声で交わされる会話が耳に入り居心地が悪い。
形式的な礼をして、ジェイデンはすぐに着席した。
ベイルートもその様子を壇上から見下ろし、すぐに次の話題へ話を進めていく。

「最後に薬草園の利用についてだが、この後庭師から説明があるのでよく聞くように」

そう言って壇上に上がってきた庭師と交代し、ベイルートは役目を終えて生徒の列へと戻っていった。
兄の視界から外れたことに、ジェイデンはほっと息を吐く。

「なんなの、そんな顔して。周りが見てるわよ」

それを見たアマーリエが呆れた声で言った。


「今日中に会いに行かないとまずいだろうな…」

ぽそりとジェイデンは呟いた。






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